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名居神社
ないじんじゃ
三重県名張市下比奈知2092  Zenrin Data Com Maps display !!


大割牡丹

式内社 伊賀國名張郡 名居神社
旧村社

御祭神
大己貴命
配祀
少彦名命 天兒屋根命 市杵嶋姫命 事代主命 蛭子命

三重県名張市にある。
名張駅から東へ2、3Km。狭い路地奥に鎮座。

参拝した11月2日は、たまたま、翌日が例祭日だったため、
境内には氏子の方々が沢山居られた。
ちょっと挨拶して、社殿を撮影していると、
玉垣を開けて、中に入れていただいたのだ。

創祀年代不詳。

社名「名居」の読み方には、いくつかの説がある。
現在、および通常は、「なゐ」「ない」と読むが、
「なこ」と読む説や、「なおり」とする説など。

祭神に関しても、
名張臣の祖・大彦命とする説や地震の神とする説など。
「なゐ」は、地震の古語だそうで、
『日本書紀』には推古天皇七年四月に、
「地震(なゐふ)りて舎屋悉に破たれぬ。
則ち四方に令して、地震(なゐ)の神を祭らしむ」とある。
地震と書いて、「なゐふり」と読み、
その後、「なゐ」のみで地震を示すようになったようだが、
もともと、「なゐ」は「地」を意味する。

そのような理由だろうか、近世には、
「地祇大明神」「国津大明神」と呼ばれ、
国津神・大己貴命が、現在の祭神となった。

神紋は牡丹。
幟や幕には、通常の牡丹紋が付けられていたが、
境内には、いくつか大割牡丹紋も見られた。
そちらの方が古そうだったので、大割牡丹紋を掲載。
通常の牡丹紋との違いは、花びらの数が、大割牡丹の方が多いというだけ。


参道入口

参道

鳥居

拝殿

拝殿の額

本殿背面の龍

本殿

山神社

本殿

興玉神社

延喜式内社
名居神社由緒書
鎮座地 三重県名張市下比奈知二千九十二番地
「日本書記」によれば推古7年に大和地方が 中心の大地震があって諸国に地震の神が 祭られた伊賀では当名居神社がそれであろう 「ナイ」は地震の古語である
江戸時代は国津大明神と稱し比奈知川 上流に散在する国津神社の惣社であった

 祭神は
  大己貴命(おおなむちのみこと)
  少彦名命(すくなひこなのみこと)
  天兒屋根命(あめのこやねのみこと)
  市杵嶋姫命(いちきしまひめのみこと)
  事代主命(ことしろぬしのみこと)
  蛭子命(ひるこのみこと)

明治四十一年には興玉神社及び境内 社七社を合祀している

 例祭は 現在では十一月三日である

−社前石碑より−



【 名居神社 (名張市)(印刷用ページ) 】

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