ひらきき
鹿児島県指宿市開聞十町

式内社 薩摩國穎娃郡 枚聞神社
旧國幣小社
薩摩國一宮

大日孁貴命
配祀 五男三女神
(天之忍穂耳命,天之穂日命,天津彦根命,活津彦根命,熊野樟日命)
(多紀理毘売命,狭依毘売命,多岐都比売命)

開聞岳の麓にあり、遥拝する。

社域はそれほど広くは無いが、非常にきれいな神社だ。


枚聞神社(おかいもんさま)旧国幣小社
 揖宿郡開聞町十 指宿線 開聞駅〇、五粁
祭神 大日孁貴命(配祀)五男三女神
例祭 一〇月一五日 本殿 権現造 朱塗 一六坪
境内 五四五五坪 攝末杜 四社
宝物 松梅蒔絵櫛笥(重文)、外約百点(宝物殿陳列)
氏子 三五〇〇戸 崇敬者 二〇万人
神事と芸能 神幸祭(一〇月一六日)六月燈祭(旧七月十八日)、古伝神舞奉奏(例祭前夜祭)
由緒治革 遠く神代の創祀という。延喜の制小社に列せられ、正治二年島津忠久公の社殿再建以来、歴代藩主の修理、改造、再建等十余度の多きに及び、現在の社殿の如きも慶長一五年兵庫入道維新公の再興に係るものである。又二二八〇町の神領を有し頗る勢威を振っていたが元亀二年領主頴娃家の内乱の為社殿その他は焼亡した。以後漸く神領の散亡するもの多く社運一時衰えたが、天正二〇年島津家より田畠二十四町歩を寄せられ漸次旧に復した。又琉球人の崇敬も篤く現に神徳讃仰の誠意を文学に表した数枚の額面が琉球王の名によって献納されている。明治四年五月国幣小社に列せられた。(神社本庁別表神社)

−『神社名鑑』−

渡海明神 頴娃郡(揖宿郡開聞町十町)にある〔牧聞(枚聞)神社と号する〕。
 祭神一座 猿田彦命(大日尊とも)(天武朝、智通開基と伝える)
 清和天皇の貞観十六年(八七四)七月二日、薩摩国従四位上開聞神の山頂(開聞岳)が自ら焼け起こり、煙灰・土砂が雨の如く降り下り、震動は百里にまで聞えた。人びとは甚だ恐怖して占ったところ、封戸が穢れたため神が祟りをなした、とあった。天皇は勅して封二千戸を賜った。

−『和漢三才図会』−