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京城神社
けいじょうじんじゃ
朝鮮京畿道京城府倭城臺町南山公園内


菊に花菱

旧國幣小社

御祭神
天照大神 國魂大神 大己貴命 少彦名命

創立は明治二十五年の頃。
京城の居住民の間で、皇祖天照皇大神を奉祀しようとの議が起こり、
遥拝所を設けたのが始まり。

明治三十年、神社創立が決議され、
翌三十一年、伊勢神宮により特別大麻と御神宝を授かり
同時に神宮の御用材の払い下げを受けて
神宮正殿の十二分の一に模った正式神殿を造営。
その年の十一月三日に鎮座された。

はじめ南山大神宮と称されていたが
大正五年、京城神社と改称し、
昭和十一年八月一日國幣小社に列格した。


鳥居

鳥居

二ノ鳥居と三ノ鳥居

境内

境内

境内

境内

社殿

社殿

社殿

國幣小社 京城神社
鎮座地京城府倭城臺町南山公園内
交 通京城驛から二粁、市内電車、朝鮮銀行前下車、 徒歩昭和通から、南山町を登る。別に朝鮮神宮 の外苑から老杉の下を通ずる裏参道を下れ ば、道は自然に南山公園に至る。
祭 神天照大神 國魂大神 大已貴命 少彦名命
例 祭十月十八日
 この社の創建は明治二十五年の頃、京城の我が居留民の 間で皇祖天照皇大神を奉祀しようとの議が起り、遥拝所を 設けたのに始まり、明治三十年に居留足會で、神社建立の ことを決議し、翌三十一年五月民會代表者は伊勢神宮で特 別大麻と御神寶を授かり、同時に神宮の御用材の拂下げを うけて、神宮正殿の十二分の一に型どつた正式神殿を造營 したもので、同年十一月三日鎮座された。當社は始め南出 大神宮と稱し、その頃この倭城臺南山の地は居留民公園で あつた。その後大正五年に京城神社と政稱し、昭和十一年 八月一日國幣小社に列格した。
 社殿は前にも記したやうに、明治三十一年創立當初、皇 大神宮御用材の一部を拝受して造營し、大正五年上屋及び 拝殿を増築、昭和四年工費二十五萬圓を以て、境内移轉擴 張、社殿新築、攝社末社創立に及び、昭和九年六萬五千圓 を以て、乃木神社を創建した。昭和十七年より五箇年繼續 事業として、第一期工費百五十萬圓を以て、大造營計畫中 である。
 當社は京城府民の總鎮守となり官民の崇敬が厚い。  十月十八日の例祭に續いて、十九日、二十日の鳳輦渡御 式があり、特別行事として朝鮮舊風俗監史隊の参加があり、 内鮮一體の祭祀として異彩を放ち、この三日間の奉拝社實 に百萬に達し、非常に盛大殷盛を極める。

−昭和十八年発行 『神国日本 神まうで』−


最終更新日:2013/10/09
【 京城神社 】

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