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2000年10月
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Match・こんど〜^_~*
お久しぶりです。実は、座りっ放し力仕事の私には職業病とも言えるんですが、重度の椎間板ヘルニアになりまして、少々入院していました。母に続いての入院…。これは真剣にお祓いせねばと考えております。仕事場の椅子を変えるのが先決かな? 何が一番辛かったかって? それは、病院の規則正しい生活でした。(笑)故に、白も藤色も見れませんでした。やはり貴サイトは黒が似合いますネ。
神奈備さんには、前からお邪魔しています。丹生津比売の記事とか、とても興味深いです。ご親切に有難うございました。
鹿児島の八幡崎に漂着した八幡は、「隼風鉾」で隼人を討ち取ったそうです。鉾は支配者としての神功親子の象徴かもしれません。
一方、出石の神(天之日矛)の娘を兄(八十神)と争った春山之霞壮夫は、「八目荒籠」という一節竹で作った目の粗い籠や竹の葉を呪詛の道具として使っている。この話、大国主と八上比売の話や、丹塗り矢の神婚譚と類似していると共に、竹や籠が、先に天降り(渡海)していた出雲族の象徴のように思えるんですが…。腰が治ったら、証拠探しの旅に出たい…。
2000/10/31/11:18
玄松子
ランダム八卦、改め、ランダム十牛図。さっそく、見牛図だ。
ちょっと見にくいのが難だね。
2000/10/31/11:55
Match・こんど〜^_~*
もしかして、京極ファン?
あ、道満の方が好みでしたね? 違うかぁ。
2000/11/01/20:10
玄松子
鉄鼠。
ファンです。博識な人は無条件で尊敬してしまう。
夢枕獏も岡野玲子も加門七海も富樫倫太郎も。
ついでに物集高音も。
2000/11/01/21:01
玄松子
11月に向けて、見た目を少し変更した。
2000/10/30/22:00
玄松子
トップページを藤色に変えてみた。白だと眩しすぎて、落ち着かなかったから。
本当は、秋色にしようとしたんだが、ダサい色しか出せなかった。
というわけで、季節はずれの藤色に。でも、近いうちに黒に戻しそうな予感がする。
2000/10/29/01:25
玄松子
戻してしまった。黒に。
2000/10/29/15:14
玄松子
神社巡りを始めた頃、特に注意していたのは、各神社の末社だった。地域限定の神様を祀っていたり、祭神の伝説を物語るものが多いと感じていたからだ。
ところが、最近はあまり注意しなくなった。調べて見たら、多くが、明治以降、あるいは戦後に遷座したものが多い上に、由緒などの詳細は神職に聞いても分らない場合も多い。そんなものなのか、と疑問を感じたのだ。
そんな或日、某有名神社の境内にある末社の無残な姿を見た。消失の瞬間。やっぱり、そんなものだった。
2000/10/29/00:00
玄松子
みなさんのおかげで、訪問先がほぼ決定。土日に地図を見ながらルート設定。これがまた楽しい時間なんだ。
感謝。
2000/10/27/21:56
こいっち
玄松子さん、こんにちは。
やっぱりルート設定は楽しいですよね!
もう先に行った気になっちゃったりして(笑)
ボクも出張とはいえ、
飛騨はヨカッタです。(下呂温泉もね。)
飛騨高山の桜山八幡宮に寄らせてもらい、
正式参拝にて宮司よりお話も聞けました。
ここはあの両面宿儺の討伐伝承や、
高山祭りのスバラシイ山車の展示に
飛騨匠の技・カラクリ人形まであっていいですよ。
また、ここの神楽は巫女がドスを持って
早いリズムで剣の舞をするのが珍しかったです。
ボクは初めて聞いたんですが、
飛騨の式年遷宮は、30年に1度なんですが、
その際、新社殿には境内に仮殿をつくり
そこに飛騨国中に鎮座する神輿が各地より
そこに集合して新築を祝う伝統があるそうです。
山の民の気質と結束がうかがえますね!
2000/10/28/12:08
玄松子
「両面宿儺」かぁ。いいなぁ。おもしろそうだなぁ。
和歌山やめて、岐阜に行くって言ったら、みんな、どう思うのかな。
2000/10/28/12:30
こいっち
ありゃりゃー(笑)
やっぱ思い立ったが吉日でしょう!
大阪〜和歌山、
事後報告を楽しみにしてますよー
2000/10/28/17:35
お久しぶりです。
星羅
玄松子さま
表紙を白くされたんですね。それで、今までよく見えなかった(んです、うちのでは・・・)この、とっくり持って稲穂持って踊っているお方がくっきり見えました。どなたなのでしょうか。・・・私も質問ばかりで心苦しいですが、ちょっと好きなんです、この方。角がありますよね?
2000/10/27/09:14
玄松子
久しぶりです。
表紙の人物は、中国の秦・漢の時代の仙人列伝である『列仙伝』の最初に登場する「赤松子」という仙人です。
玄松子というハンドルネームのオリジナルですね。赤を玄(くろ)に変えて使っています。黒松子でもよかったのですが、玄松子としました。「雨師」とも呼ばれ、風雨を司ります。
角に見えますね。髷なのかもしれませんが。踊っているようにも見えますが、元の絵では「歩いて」いるんですよね。酒持って周囲の景色を眺めながら歩いている様子ですね。
2000/10/27/09:41
星羅
玄松子さま
ありがとうございます。仙人なんですか。
頭にあるのは、本当に角みたいですね。修行して頭の形が変わったのかと思いました。それで、修行をやめて一見ふらふらと歩き回っている・・・のかな。でも、何だか返閇してそうですね。
2000/10/27/21:20
玄松子
11月初めに和歌山へ行きます。大阪を経由していくので、住吉にも寄る予定です。
住吉周辺・和歌山周辺で、「ここは行っとけ」という神社ありましたら、教えてください。
2000/10/24/01:03
そま
*玄松子さん、こんにちわ!(^^)/"*
またまたおじゃまします〜。
和歌山にいらっしゃるのですか!住吉→和歌山といったら熊野古道ラインですね、和歌山市周辺という事でしたらやはり有名な所では重要文化財の東照宮、衣通姫の玉津島神社、人形寺として有名な加太の淡嶋神社(祭神・少彦名命)でしょうか。和歌山県全域という事でしたらやはり熊野三山とその周辺を巡られると、摂社・末社等に面白い所がいろいろありますよ。熊野速玉周辺でしたら阿須賀神社、神倉神社、那智周辺でしたら青岸渡寺、補陀洛山寺(お寺ですけど・・・(^^;)やはり熊野は神仏習合なのでお寺が関わってきます。)本宮でしたら旧社地大斎原、大日越の月見ケ岡神社,、小さいけれど真名井社・・・神紋の御参考になる所ばかりではないかもしれませんが、私が面白いなと思う所を挙げてみました。(^^)ヾ
和歌山県は市街地を離れるととても交通不便ですので (バスの本数とか大変少ないので)、道中お気をつけてくださいませね〜。
2000/10/24/13:01
玄松子
おっと、そまさんですね。メールで聞いて見ようと思っていたところです。
当初、和歌山全域を考えていたんですが、和歌山市周辺に式内社が集中しているので、和歌山市に宿を確保しました。そこで、気になるのが和歌山市から熊野三山への交通です。レンタカー借りっぱなしにするのですが、どのくらい時間かかりますか?
できれば、早朝の本宮と足を伸ばして玉置を考えているんですが、時間がかかるようなら、玉置は没になりますね。
帰りは新宮・那智・串本(大辺路)ですか、やはり。
2000/10/24/13:53
こいっち
こいっちです。玄松子サンどうもです。
おっと、そまサンも、こんばんは!
大阪経由で住吉にも寄られるのですか!
ぜひぜひ住吉にいあらっしゃいませー いいとこですよん。
大阪で時間をとれるのならば、
住吉大社(南海本線・同名駅)はともかく、有名どころの大阪天満(地下鉄・南森町)や今宮戎(南海・今宮)、生国魂神社(地下鉄・谷町九町目)などですね。
住吉大社では式内の船玉社や種貸社など摂末社にも良いスポットがありますよ。また、マニアックなところでは、大阪天満には、むかし管公が流される時に立ち寄り祈願された鎮宅霊符社が境内にあるのがオイシイかも。
大阪から和歌山に向かうにはJRでなく南海本線で行き、途中で南海加太線に乗換えて加太駅までいけば、そまサンも勧めておられる、これまたマニアに有名な(?)あの淡嶋神社があります。ここ独自の絵馬代わりのパンチィが掛かっています (^^;)〜撮っちゃダメよん(笑)
和歌山に着けば貴志川線にて日前・国懸神宮、そして伊太祁曾神社などなど周ってみてください。
ここら辺ならば変な回り道せずにスンナリ鉄道沿いに行けると思います。(ちょっとキビシーかなぁ…)
またその時にメール下さい。住吉のことなら(できる範囲で一応)ナンデモお答えいたします!
でもいいなあー旅行できて。ボクはせいぜい、おとつい高野山へ行ったぐらいしかできないです。
でも明日は、飛騨高山へ出張です。どさぐさに下呂温泉にも浸かってきまーす。。。
2000/10/24/18:46
後白河院
阿倍王子神社から九十九王子系統でしょう。やはり。
ただ、道成寺の絵巻(実際、住職が解説する)は観ておいて損はないかも・・・。
和歌山から熊野はエライ時間がかかりまっせ。
中辺路・雲取越えのほうがとばせる分速い。
熊野と出雲は関係があります。(出雲一の宮)と同時に大和の先導者でもある。(八咫烏)というのが通説もしくは俗説ですが。
紀州は神仏習合についてどう捉えるか、面白いところと思っています。
補陀洛山寺は元は「浜の宮」です。
2000/10/24/23:27
玄松子
こいっちさん、こんばんは。下呂ですか。いいですね。飛騨に行きたくなりましたよ。
「和歌山に行こう」と思いついたのは、昨日仕事中で、宿とレンタカーの手配をすでに済ませました。
まだ、行き先は詳細に決めてないですが。とりあえず、紀伊式内はすべて行くつもりなので、そまさん推薦の淡島には行くでしょう。4日間走りまわります。
>式内の船玉社や種貸社
住吉大社のホームページに、船玉の位置が載ってません。が、境内にあるのなら行けばわかりますね。周辺では、生根神社、時間があれば、止止呂支比賣命神社あたりを考えています。
後白河院さん、
> 和歌山から熊野はエライ時間がかかりまっせ。
高速で御坊まで行って、311号線(中辺路)を考えています。距離は大体把握したんですが、道路や混み方で、時間は変わるので、読めません。
2000/10/24/23:55
そま
玄松子さんこいっちさん後白河院さん皆さんこんばんわ!(^-^)/
三山を周られるのですね、こいっちさんおすすめの住吉さんの舟玉社に行かれるのでしたら本宮にある船玉神社にも行かれたら良いかもしれません。本宮の船玉さんは発心門王子の奥で未舗装の道なので、もし行かれるのでしたら詳しくメールで情報をお送りしますよ。
後白河院さんはじめまして♪
そうなんですよ〜。和歌山駅から本宮までは慣れた方でも片道3時間はかかります。
龍神村経由の道も近いのですが道がわかりにくいので高速で御坊まで行かれて中辺路が良いかもしれませんね。道路状況は平日でしたらすいている事が多いです。
こいっちさん、淡嶋神社には絵馬代わりの・・・ええっ、そうなんですか?(^o^;)以前テレビで神社の地下に安置されている濃いい人形さん達を見ましたので淡嶋って雛流しの行事とか、人形供養のイメージがとても濃い〜いです。
後白河さんおすすめの道城寺の絵解き説法、私も見ましたが面白いですよ♪私が見た時は、夫婦円満のコツを説かれていました。円満のコツは西方浄土でなく妻宝浄土、妻を宝として浄土となす、ですって。(^o^)
2000/10/25/00:52
そま
道城寺→道成寺でしたね、すみません。(^^;)
あと、那智は補陀洛山寺の右に、浜の宮があります。
2000/10/25/18:57
後白河院
ここのサイトは熊野古道について詳しいです。
2000/10/25/22:22
玄松子
トップページ、白くしてみた。
2000/10/25/21:56
玄松子
きりがないので、不毛な争いはやめましょうね。
気が進まないけど、削除するかも。
2000/10/24/00:59
後白河院
面倒とか手間を省くという表現で気を悪くされたら申し訳ない。
これは、インターネットにおける一般的な私の考えです。私は一介のサラリーマンでタイした文献も持っていません。大学で多少宗教について本を読みましたが、神道にかんする知識は皆様方に及びもつきません。国学院、皇學館のかたをはじめ、神道の専門知識をお持ちの方に初歩的な質問で気分を悪くされるのは申し訳ありませんが、初心者はえてして、くだらないことに強烈な興味を持ち、専門家にすぐ聞きたがることはよくあることとお許しください。
2000/10/24/23:44
元春日・枚岡神社
後白河院
枚岡神社は元春日といわれる。ここから春日大社に天児屋根命と比賣御神が分祀されているかららしい。しかしながら、興味をもったのは、この地が出雲井という場所にあることだ。神社そのものの略記にはそのことは触れられていない。何か情報があったら御教示ください。
2000/10/21/21:14
玄松子
中世以降、枚岡神社宮司は水走氏が奉仕していたことに関して、「日本の神々」谷川健一編では、以下のように記しています。
「水走」という姓について、宮井義雄は「水利の管理者を意味する」として「枚岡神社が出雲井村にしずまり、社殿がもと出雲井と称する霊泉の直上にたてられていたことは、原初の霊泉信仰を想起させるに足る重要な地理的与件である。出雲井から連想されるのは、賀茂の出雲井於神社であろう。肥後和男氏によれば、出雲井於神社も三井社も井上社もともに下賀茂の霊泉に立脚して定立された水神をまつったのである。井上社は現に霊泉の直上に社殿をたてていて、その点、枚岡神社の旧社殿と撥を一にする。(中略)枚岡神社の出雲井から御祖神としてヒメ神が生まれたとしても、格別、不思議とするにおよばない」と書き、アメノコヤネは、このヒメ神から生まれた「水若宮の性格」をもつとみる(『藤原氏の氏神・氏寺信仰と祖廟祭祀』)。
2000/10/21/21:50
せとう
平凡社歴史地理体系等をを調べてから尋ねるべし。
まず、自分の努力を求めたいですね。
2000/10/21/22:27
後白河院
管理人様には毎度ありがとうございます。
図書館行くの面倒だし、そのためのITでしょうが。
2000/10/21/22:56
玄松子
> 図書館行くの面倒だし、そのためのITでしょうが。
「面倒だし」ですか。
> 神社そのものの略記にはそのことは触れられていない。
とあったので、調べたけど分らなかったと判断したんですが。
試しにネットで検索したら、いくつか出雲井について解説がありました。
2000/10/21/23:27
後白河院
検索で調べても分りませんでした。出雲井晶氏が出てくるくらいで。境内の井戸を出雲井ということでしょうが、それが、下鴨から来てることは、私の持つ文献では到底わかりません。というわけで、重ねて感謝。賀茂との因縁は少し調べてみますよ。
2000/10/22/07:56
せとう
>図書館行くの面倒だし、そのためのITでしょうが。
ITの背後で人間が調べているのです。既存HPで不明なら、「調べ方」を教えて貰いなさい。
2000/10/22/09:20
後白河院
>せとうさん
手がかりを聞いてどこがいけないのだ?
調べ方というのはこちらの問題だ。答えたくないならレスしなければ良いだけだ。学問とは、文献主義ばかりでなく、フィールドワークや、討論、座談からも思考が発展するものだ。
2000/10/22/20:32
マツオカ
>下鴨から来てることは、私の持つ文献では到底わかりません。
「日本の神々」の記述は、「下鴨がそうであるように、枚岡も出雲井という霊泉に立脚した信仰であろう」としているだけで、下鴨から来たとは書いていませんね。後白河院さんが検索で見つけられた、「境内の井戸を出雲井」というのと本質は同じですね。
>フィールドワークや、討論、座談からも思考が発展するものだ。
でしたら、まず神社へ尋ねるのがよろしいでしょう。その後、周辺の郷土史などをあたると良いのですが、これは『図書館』ですね。
2000/10/22/21:21
後白河院
だからねえ、そういうことはしないといってるんじゃないんだよ。手間を省くためのインターネットなんでしょうが。
2000/10/23/23:48
マツオカ
「答えたくないならレスしなければ良いだけだ」ということでしたが、管理人として自サイトの掲示板に投げかけられた質問に対して、可能な限りの誠意・努力・手間をかけて、その質問に答えようとするのは当たり前の事ですよね。
電話や手紙で人に質問する場合、「図書館行くの面倒だし」「手間を省くため」とは言いませんよね。相手が赤の他人ならなおさらです。どうして掲示板なら許されるのでしょう。
2000/10/24/00:20
後白河院
だから、玄松子さんには最大限の謝辞を奉りますよ。自助努力とは別の問題と考えます。
2000/10/24/23:31
Match・こんど〜^_~*
スミマセン。つい連想ゲームのようになってしまって…。それにしても、何か疲れていらっしゃいますね? どの世界にも俗っぽさがありますよ。夢が壊れない為にも、好きな世界を仕事にしない事をお奨めします。<経験者
>ここの若宮は五十猛命です。
素戔嗚尊の子神を祀る若宮神社は、島根県須賀のものしか知りませんでした。九州地方で五十猛を祀った神社も、有名な鹿児島の韓国宇豆峯神社や、島原の猛島神社、佐賀県杵島郡の稲佐神社ぐらい…。勉強不足でした。それにしても、この有功の神、五十猛という神様は興味深いですネ。高天原を追放された素戔嗚尊と共に一旦新羅の曾尸茂梨に天降ってますから、完全に新羅系の神です。それに弟に、饒速日尊と比定される大歳神がいますが、その五人の子神の中に、韓神・曾富理神・白日神という朝鮮半島と関係深い名の神様がいることも、一考の価値ありと思います。大内裏の宮内省に守護神として祀られた韓神・園神は、大己貴神と少彦名とか大己貴の和魂ある大物主神とか色々言われますが、この辺がルーツでしょう。神楽の韓神も鉾を持って舞うし。
今、気になってる地名や神名には「い」が付くんですよね。五十とか伊とか出とか石とか。海人・水軍系という気もしますが、鋳物の「鋳」というカンジもある。鳥信仰や稲作伝播とも関係ありそう。
>こいっちさま
神功=鉾ネタ、有難うございます。私も見つけましたよ。鉾でなく旗竿ですが…。
四脚門で有名な滋賀県愛知川町の豊満神社は、神功皇后の軍旗を祭神として創建され、戦国時代には境内にある竹を切って旗竿にすると戦いに勝つと言われたそうです。豊も竹も出てくるでしょ?
2000/10/23/12:50
玄松子
>夢が壊れない為にも
「夢」を見る年ではないのですが。。。
>五十猛という神様は興味深いですネ。
でしたら、サイト「神奈備にようこそ」を推薦します。
ここの管理人は五十猛関連社の全踏破を目論んでいます。
ここ->
リンク
2000/10/23/13:11
玄松子
今日、由緒も格式も申し分の無い古社へ行った。が、どこか寂れた印象。あちこちで傷みが目立ち、補修もされていない。参集殿らしき建物の障子も破れている。なにより気になったのは神職の気だるい対応。もう少し都会にあれば、違っていたのかもしれない。
「お前、やって見ろ」と言われたら、どうだろう。神社経営は難しいのだろうなぁ。
宗像大社の神職の名刺を持っている。肩書きは権禰宜、隣に課長。なるほど、おおきな神社では宮司・権宮司が取締役クラス。禰宜・権禰宜が部課長ということか。会社と同じだな。
2000/10/22/21:38
こいっち
ボロっちい神社って結構あります。
普通の瓦屋根の社殿だったらいいけど、
桧皮葺きだったらもう億単位になっちゃうから、どこも大変みたいですね。なんてったって桧皮とる職人が少なくなっているご時世では、金だけでは解決することも出来なくなってきて、銅板屋根に已む無くしなければならなくなったトコロも多いみたいですね。
ボクが最近行ったなかではW市の某有名古社の摂末社はヒドかったなあ〜
小社は別としても、大社クラスでは神社経営のことから、だいたいは総務・奉賽・祭儀・祭務・用度・経理・会計・管理・人事・秘書・庶務・賽務、、、etc などの部署や課が設けられているようです。
普通の企業で云えば、祭儀・祭務など(祈祷・神符)の部署は営業部門に当たるのですかねえ
2000/10/22/23:02
玄松子
>桧皮葺きだったらもう億単位になっちゃうから、
そうですね。昭和になってトタンに改修した神社も結構見ましたね。
今回の「寂れた」印象は、たとえば、鳥居や社殿の蜘蛛の巣や、障子の破れなど、気遣いレベルの問題ですが、これも一般と同じで、モラル、モチベーションの欠如に起因するのでしょう。
2000/10/22/23:49
続けてスミマセン
Match・こんど〜^_~*
☆こいっちさま
生田神社には、神功皇后が魚肉のすり身を鉾の先に塗り、焼いて食べたのが「蒲鉾」の起源であると伝えられているそうですね。現在の蒲鉾は鎌倉時代が発祥だそうですが、案外、当時から漁師料理のなめろうみたいなのを蒲鉾と言ったのかもしれない。神功には若狭の小浜の小鯛とか鮎とか、魚系の伝説が多いし、新羅への偵察に何人もの海人を使ってますから、鉾はやっぱり魚捕りの銛なんでしょう。竹の銛で作れば、しっかり蒲鉾型になるし。(笑)
中国雲南省徳宏で、日本の糸引き納豆菌と遺伝子的に同族の納豆が発見され、焙茶や餅、赤米のおこわ等非常に食生活が似ているとこから、ここを日本人のルーツとする学者もいますが、竹もこの辺りから伝わったのでしょうか? 中国では古来「歳寒の三友」と言って、寒に耐える節操高い植物として「松竹梅」が珍重されていますが、我が国でも歳神を迎える依代として、最初は「松竹」の組み合わせでもっはら門松として用いられました。門松の起源は一説に6・7世紀とありますから、邪悪なものを防ぐ為に別れ道や村里の入り口に立てられる陽石「玉矛」がルーツなのかもしれない。何時頃から竹になったのかは定かではありませんが、舞楽の「振鉾」も、悪魔を調伏し災いを消すという意味があるそうですから、鉾は篭目と同じく「魔除」なんですね。杖の神 猿田毘古神の鼻、陽根ってことですな。チンポコの「ポコ」は「鉾」でしょう。(^^;) 不二家のペコちゃん・ポコちゃんは、凹凸ってことで、さしずめ現代の天宇受売命&猿田毘古神か道祖神ってとこですな。(爆)
★後白河院さま
>カゴメ歌も謎の多い民謡ですね。
天海僧正=明智光秀説にも引用されてますね。江戸幕府の主要地点を結ぶと篭目紋の形になるとか。その真中に徳川埋蔵金があるってー説も(爆)。それにしても、日光に明智平があるのは不思議ですね。それも天海が名付けたそうで。んで、東照宮の鬼門封じの社は「摩多羅神」を祀ってます。あの広隆寺&大酒神社(太秦明神)の奇祭、「牛祭り」の祭神ですね。 天海にも「海」が付くなぁ。空海も讃岐の人で、幼名「真魚」だし、白山の越の大徳 泰澄も海民出身だし、最澄も大和三室山の大物主神を勧請して日吉神社を建てて比叡山の守護神としたし、密教の坊主は結構アヤシイかも。それに、日光とか日宮とか、太陽信仰にも関係ありそうだ。
2000/10/21/15:59
後白河院
日光には夏休みに行って来ました。
ポータラカ→補陀楽→二荒(ふたあら)→ニコウ→日光です。
修験道の本山派の一つの拠点であり、「日光院」といわれる僧が廻国聖、六十六部として知られています。
徳川家=太陽、天皇家=月
もしくは、東国の天照(アマテラス)にならんとしたものと思われます。
月輪陵にはそんな意味があるのかなと邪推しているのですが・・・
ともかく、天海はスゴイ人です。名前も空海を意識したのだろうか・・・。天台宗だが。
2000/10/21/17:41
こいっち
どうもです!
相変わらず長いカキコですねえ(笑)
今回は矛鉾鋒づくしときましたか!?
門松と、門前に立て掛けた魔除けの鉾等の類いはあながち良い線かもしれませんねー
話横にそれて鉾話ではありますが、
神功皇后の三韓征伐にて服した新羅の宮門に「ながくみまかひになりましょう」って掲げられた鉾はその後、どこへ行ったのでしょうね。
また、国譲りで天孫に渡った国作りの象徴でもあった神矛も、永く朝廷に伝来していたようで、中世の吉田家が神器の奥伝にてもその事に触れていたぐらいなのに、今では何処へ行ってしまったのでしょう。
2000/10/21/23:44
長くってスミマセン
Match・こんど〜^_~*
★玄松子さま
>対馬の若宮神社から宇佐神宮へ竹が奉納されていたそうで、
初耳ですぅ。流石ですね。若宮といえばこの場合応神のことでしょうから、仰る通り対馬の起源が住吉ならば、住吉大神が応神の妊娠を神功に告げたことと関係があるんでしょうか。対馬には「竹敷」という地名もあります。万葉集に「竹敷の浦」とありますから、古い地名です。対馬・壱岐・沖ノ島は、朝鮮半島との最短ルート(海北道中)上にあり、古代外交の最重要拠点ですよね。宗像の三女神の一人「市杵島姫」は、「壱岐対馬姫」の訛ったもんじゃぁ?(笑) 三女神に分かれてますが、本来は沖津宮に鎮座される田心姫神(多紀理毘売命・沖津島姫)お一人だったような気もします。宇佐八幡の奥宮大元神社に座す「比売大神」とも関係ありそう。天日矛が追っかけて来た難波の比売語曾神社の下照比売様もそうカモ。三神と言えば、住吉の底・中・上の筒之男命もそうですね。冥界から帰った伊弉諾尊が禊した時、三綿津見神(海神)とセットで生まれていますし、筒は夕星(ゆうつづ)のつづで、外交・航海の神様ですから、星を読む海人とは仰る通り深い関係があります。こちらも三神と言いながら、住吉大神は杖を突いた白髭の翁の姿で一人で描かれることが多く、私は白髭大明神・塩土老翁神と同神だと思っています。塩土老翁神の土も「筒」だといいますし。住吉大神は、神功の新羅遠征の水先案内でもありますネ。その姿に、神功の腹心「武内宿禰」の姿を重ねるのは私だけでしょうか? 武は「竹」だったりして。他の従者にも安倍高丸(竹丸)&助丸がいます。竹は古くは「たか」とも読んだそうです。神功が新羅を征して凱旋し大嘗会を行なった時、「吉志舞」を奏したという安倍氏の祖というのは彼等でしょう。これは闕腋の打懸を着、甲冑を着け「鉾」を持って舞います。安倍氏の系譜には謎が多く、海人と関係があるのかどうか分かりませんが、無目籠と同じ意味の「玉勝間」が、逢う・逢へからか「安倍」の枕詞であるというのも何か関係がありそうです。その流れなのか、即位礼の祝賀には必ず演ずる「太平楽」も鉾を持って舞います。この持物は「秦王破陣楽」のものを流用したそうですから、雅楽師に多い秦氏は、秦の始皇帝でなく唐の太宗 李世民の流れなのかもしれない。唐楽・高麗楽に鉾を持つものが多いのも興味深い。しかも、龍頭鷁首の船中で演じたり、龍頭の冠を被ったりと「龍」にも関係深い。鴟尾の変形の「鯱鉾」も頭は龍だと言われてますね。そして、大嘗会で舞うといえば「隼人舞」。きっと鉾を持って舞ったに違いない。天日矛の「矛」とも関係ありか?
宗像に神功皇后は海神の娘という伝承があり、宇佐のある豊の国には辛国息長帯比売(神功の名)という天女が舞い降りたという伝説があるそうです。そして神功の本拠地の一つが豊浦宮でもあり、神功皇后を海神の娘 豊玉毘売命、進んで卑弥呼の宗女「台与(とよ)」だとする人もいますね。確かに書紀の神功紀には魏志倭人伝の引用があり、素直に読めば魏に使者を遣わした倭の女王は神功ととれます。神功は三韓国を従えたといいますが、征服したのでなく友好関係(親戚関係)にあったのカモ。神武=崇神=応神同一人物説や、神功が天日矛や田道間守の子孫だということを思えば、強ち嘘と一蹴できないよな気もします。鹿児島県姶良郡「隼人」町の鹿児島神宮「大隅正八幡本縁起」には、中国の震旦国隣王・陳大王の娘、大比留女が七才で懐妊して生まれたのが誉田別尊(応神天皇)で、船で大隅の八幡崎に漂着した、とあります。オオヒルメっちゃー天照の別名です。生田神社の祭神は「ワカヒルメ」でしたね。確か、素戔嗚尊に斑馬皮投げ込まれて死んだ、天照の織女が「稚日女尊」。ヴーン。
天日矛ってどうしても天孫系の名ですよね。天の瓊矛にも似てるし、神宝も持って来てる。その神宝が物部氏の石上の神宝とも重なる。天日矛って饒速日尊なのか? 天降りは、海を渡って来たって事かもしれない。「天」は「海」なのか。音も「あま」だし・・・。
2000/10/21/15:58
玄松子
本当に長いですねぇ。もう少し短くテーマ毎にまとめていただければ、レスを付けやすいのですが、長いと、一部へのレスで終わってしまいますね。見逃す部分も出てきます。
> 若宮といえばこの場合応神のことでしょうから、
ここの若宮は五十猛命です。近くにスサノヲを祭る神社があり、その若宮にあたります。
> 筒は夕星(ゆうつづ)のつづで、外交・航海の神様ですから、星を読む海人とは仰る通り深い関係があります。
これには異説が多く、船の柱だとか、対馬の豆酘(つつ)に由来するなどイロイロですね。船・海に関連することは確かだと思います。
> 住吉大神は、神功の新羅遠征の水先案内でもありますネ。
神功皇后は天日矛の系譜で新羅系ですから、ひょっとすると新羅遠征ではなく、新羅からの遠征かもしれませんね。
神功皇后の妹の名は與杼(よど)比売命だそうです。「台与(とよ)」を連想させます。
2000/10/21/16:22
玄松子
気分的「ヘコミ」が未だに解消されない。神社の勉強しながら生活できる場はないものか。
善い話があれば、一報感謝。
ないだろうなぁ。やっぱり。
2000/10/20/22:42
こいっち
まえにも書かれてましたが、
神社関係の仕事をなさりたいのですか?
仕事持ちで九州在住ですから、厳しいですね。
直階なら大阪国学院の通信講座がありますが、
たしか神社庁などの推薦がなければダメだったかも。
しかも神職資格を取得してからどのように奉仕するかどうか、それが明らかでないと受付けてくれなかったと思います。
推薦状をもらうのもどこかの神社の知り合いに頼むとしても、その後の奉職先まで決めておかなければいけないのが厳しいですね。
単立社や神社本庁包括外の神社ならば資格なども変わってくるのですが。あと教派神道とか。
それか神道を研究している文系大学などの研究員か助手みたいなカタチで関係できるといいんだけど、なかなか縁故や口添えがいるようですし。うーん、難しい!
今更に国学院や皇學館へ、また研修施設へ入るのも大変ですし。もし一年間だけ空けられるのならば専攻科の一年コースもありますけどね。
すんません、力になれなくて…
2000/10/21/08:28
玄松子
> すんません、力になれなくて…
気にかけていただいて申し訳ありません。
> 奉職先まで決めておかなければいけないのが厳しいですね。
そうですねぇ。
神社あるいは氏子総代の方に養子に入って、
その後、勉強という手があるかもしれませんが、
これでは、動機不純ですね。
2000/10/21/15:04
玄松子
業務連絡。
Kounさんから、「天道神社」に関するメールをいただき、返信したのですが、エラーで返って来てしまいました。
2000/10/21/15:00
気違いは差別用語?
亜細亜の曙
納得出来ません
腑に落ちません
参考資料
リンク
2000/10/20/07:31
玄松子
知人に神社の話をすると、
「あぁ、XXXにもあるよね」
「そこは、お寺だ」
「そうだっけ」
というのが、よくある。
見知らぬ土地で、
「この辺りに、XXX神社ってありませんか」
「名前はわからんが、その裏山の上に」
藪を掻き分け、汗にまみれて登ってみると『薬師堂』。
まぁ、いいかな。
2000/10/19/23:14
玄松子
カゴメ醤油ですか? キッコーマンじゃなくて?
> 伊勢の参道脇の燈篭はここで↓で見られます。
リンクさせていただいている「古代史倶楽部yokosuka」にもこの灯篭写真ありますよ。カラーです。でも見にくいです。
ここ ->
リンク
なかなか面白く読めました。
2000/10/17/20:17
こいっち
伊勢の灯篭の篭目紋って、
そんなに発見しづらいですか!?
あれってほとんどの灯篭に刻まれてますよ。
外宮〜内宮をつなぐ「御幸道路」の車道と歩道の間に延々と並んでいるのですが、篭目紋は歩道側には刻まれてなくて、車道側の方の、灯篭の窓枠下に、ありありと判るほどに有りますよ!
2000/10/17/21:08
玄松子
>をつなぐ「御幸道路」の車道と歩道の間に延々と並んでいるのですが
「御幸道路」にあるんですか? 車で走りぬけたので気がつきませんでした。確かに灯篭は並んでいましたね。知ってたら写真撮ってきたのに、惜しいことです。宇治橋渡って五十鈴川の東には無いんですか?
2000/10/17/21:31
こいっち
さっそくですね!
>宇治橋渡って五十鈴川の東には無いんですか?
ありませんよ。
みんな神宮の境内にあると思っているのが多いみたいですが、境内の灯篭にはまずありませんね。
2000/10/17/21:40
こいっち
その石灯篭がまとまってあるところは、
外宮前の交差点から御幸道路を進んでいき、皇學館大學のあたりまでです。だいたいは同じ大きさの灯篭なんですが、たまに古くて大きいものがあって、その車道側の窓部分に謎の「向日葵紋」と噂される文様がすりガラス上に見えます。
2000/10/17/21:43
Match・こんど〜^_~*
あぁ、何だか御恥ずかしい限りです。自分が思い込みの激しい、舞い上がり方人間だって、思い知らされましたヨ。とほほ。
そうです。カゴメさんは、明治32年に名古屋で西洋野菜の栽培から事業を興された、トマト・ケチャップ&ウスター・ソース中心の会社ですぅ。醸造技術とは、関係ありません。大正6年に正式に社名を「カゴメ」とし、社章も篭目紋とされたようですが、由来は分かりませんでした。きっと、どっかの氏子とか、すんなりユダヤ系なのかもしれません。
カゴメ歌が千葉県野田市の発祥で、野田は醤油で有名だから、カゴメも醤油メーカーからソース全般に発展したものと、安易に三段論法を展開してしまいました。申し訳ありません。自己嫌悪っす。
そか、伊勢の燈篭って、そんなとこにあったんですかぁ。んじゃぁ、ホントあったらしいんですね。これもなんか、マユツバだ・・・。燈篭にも「篭」の字が入ってるから、昔は篭の提灯みたいなもんで、そっから篭目紋をつけたのかなぁ。あぁ、夢もチボウも無くなって来たぞ・・・。とほほ。
2000/10/18/11:03
後白河院
カゴメ歌も謎の多い民謡ですね。
2000/10/19/00:07
玄松子
>燈篭にも「篭」の字が入ってるから、昔は篭の提灯みたいなもんで、
「竹」に着目するのは面白いと思いますよ。
以前は、対馬の若宮神社から宇佐神宮へ竹が奉納されていたそうで、今でも宇佐下宮にその竹があるそうです。どうしてわざわざ対馬なのか不思議ですよね。神戸の生田神社にも神功皇后ゆかりの竹がありましたね。
2000/10/19/11:26
こいっち
>神戸の生田神社にも神功皇后ゆかりの竹がありましたね。
あるある!あれって神功皇后が凱旋のおりにアノ鮎占で使ったかもしれない(?)、竹竿を突き刺したのが生えてきたのでしたっけ。
竹→竿→漁→海人
ってな連想もあながち面白いのかも!?
吾本朝の固有種ではない竹は、もう神功皇后の頃には普通に手に入る状態だったわけですね。(伝承を信じるならば) それか神功皇后の軍団に付き従った一大勢力でもある海人たちの象徴なんでしょか
2000/10/19/17:35
玄松子
>竹→竿→漁→海人
対馬は、住吉の起源とする説もあり、海人に関係が深いです。宇佐神宮も神功皇后を祭っており、天日矛の系譜で新羅系ですね。天日矛は丹波地方にも縁があり、丹後にも近く、豊受は新羅の神かもしれません。
ちょっと隼人から離れましたが。
2000/10/19/21:12
舟
後白河院
貴船神社に玉依姫乗ってきた石船がありますね。ノアの箱舟といい、船の神話における象徴性はなんでしょうね。また、天の岩船伝説は不思議です。
2000/10/18/21:59
玄松子
洪水神話は世界共通のモチーフですが、島国日本では、特別な意味があるのかもしれませんね。各地の「船」にまつわる伝承を集めたサイト、ありませんかねぇ。
2000/10/19/11:18
きのくにの神
せとう
イザナギ命、イザナミ命は、次に海に関する神、水門、風、木、山川草木、霧、穀物、火などの神を生みます。 ここまでの神々は漁労、採取、焼き畑
などを連想する神々だと思われます。 記紀が編纂された7世紀頃の人々の頭の中には、縄文的な生活の記憶が残っていた事や、まつろわぬ国や、
離れ小島、山奥での生活を原始的なものと見ていたと言う事でしょう。
火の神を生んでイザナミ命はなくなります。イザナミ命は古事記では広島県比婆郡とされる比婆の山に葬られます。 日本書紀(一書)では紀の国熊
野の有馬の村に葬られたとします。ここは現在熊野市の花窟神社となっている所です。
「この神の魂を祭るには、花の時には花を以て祭る。又鼓吹幡旗を用て、歌ひ舞ひて祭る。」とあります。式内社にはなっていない所を見ると、神社
と言う形になっていなかったのかも知れません。 しかしながらここの祭は、現在にまでお綱かけ神事として伝えられ、実際に行われているのと言う事
が凄いことだと思います。伝承が神社の祭祀の形を持つと1000年2000年と伝えられていくと言う事が実感できますね。 これには地域の方々の保
存へのご努力があるわけで、これに頭が下がりますね。日本人の原点とも言える神社と祭りは、是が非でも次の世代に伝えていかねばなりません
ね。
2000/10/18/19:08
玄松子
>比婆の山に葬られます。
「ヒバゴン」で有名な山ですね。島根の方にもその伝承地があるようですね。11月に中国地方に行ってみようかと考えているんですが、ここも面白そうです。
2000/10/19/11:16
有難うございましたッ!
Match・こんど〜^_~*
>玄松子さま、こいっちさま
母が緊急入院してしまい、超兎レスを頂きながら、お願いした当人が亀レスになってしまって申し訳ありません。大変失礼致しました。そして、大変興味深いレス、本当に有難うございます。
そうですね。神紋から古代史を論じるのは大変危険です。しかし、6Cの福岡王塚古墳等の装飾古墳には、既に連続三角紋様、つまりは鱗紋とも篭目紋ともとれる紋様が描かれていますし、他の古墳からも渦巻紋や菊花紋が発見されてますから、紋様自体の起源は通説の平安時代ではないような気がしています。古代メソポタミアには、引竜・菊花・鱗・花菱・茗荷・卍等、日本の家紋の原型が殆ど存在し、日本でも正体や御遣いが龍蛇や八尋鰐とされる神紋に多い巴紋や亀甲紋は、バビロンの龍神マルドゥクやインドの蛇神ナーガ・ナーギの神紋でもあります。漢字の「巴」自体が、蛇がとぐろを巻いている象形ですから、突拍子もないトンデモ説はどうかと思いますケド、古代オリエントと全くの無関係と切り捨てるのは、勿体無いような気持ちもしてます。(笑)
籠は中国語でlongと発音します。龍も声は違いますが同じlongなんですよね。まぁ、つくりに龍が入ればみんなlongですが。意味は日本と同じ、かごの他に「こめる」や「こもる」という意味があります。「海人籠り」ってのもありますよネ。やはり海人と籠は、関係ありそうですね。
篭目紋から離れてしまいましたが、こいっちさんの天陽・地陰説、卓見ですッ! 当に「陰陽重鱗紋」ですネ。鱗紋も龍蛇神の紋ですし。亀甲も、篭目の中心穴の形なのかもしれない。
元伊勢籠神社ってホントに不思議な名ですよね。籠神社の祭神の一人豊宇気毘売神も、確か天女で天橋立の松の梢の上に大きな籠に乗って現われたって伝承があるそうですね。んで、塩土老翁神と結婚して日本初の酒造りをしたとか。酒造といえば、旨酒の三輪。篭目紋は「大酒神社」の神紋でもありますよね。醸造技術は渡来系の匂いがプンプンします。醸造メーカーには、カゴメも亀甲満もあるし。(爆)
塩土老翁神が火遠理命(山幸)を海神の宮(龍宮)へ送った「无間勝間」。これは、古代の海人が竹で堅く籠を編んで塗料を塗り舟として用いた、目のつんだ竹籠の小船のことです。火明命が常世に行き来したのもこれでしょう。天照国照彦天火明櫛甕玉饒速日尊。彼が天照以前の男神としての太陽神であり、海幸彦で大物主で、猿田毘古神や塩土老翁神と混同されているように思えてなりません。籠神社は元浦島でもありますから、龍宮へ行き来した浦島の亀は无間勝間とも考えられる。篭目の中心部が亀甲というのにも、繋がって来そうですネ。
无間勝間は無目籠とも書き、玉勝間ともいう。しかし何故、木ではなく竹籠舟なのか? とても大航海は出来そうにないですよね。一体「籠の舟」のルーツは何処にあるんでしょうか? 長崎の精霊船には竹が使われますが、編んではいない、つまり籠ではないんです。暗示的ですがね。単純に籠船というと、祭礼で使う「船鉾」のことです。祇園祭の山鉾にも船型がありますよネ。龍ヶ崎の「つく舞」は、船型の山車の柱の上で、蛇みたいな舞男が曲芸してますし。そこで考えたのが、无間勝間は本当に海を渡る船ではなく、「霊」(りょうとも読む。龍にも通じると思う)を乗せる船では?ということです。出雲では、人が死ぬと籠に入れて常緑樹の上に吊るして風葬したとか。山鉾も標山も神霊を乗せる船ですし、御霊を封じ籠める「籠」なのかもと。転じて篭目が魔除になったでは?とか。篭目は中に入れないではなく、中から出さないなのかも? 蘇民将来の護符にも網目があるし(九字は魚採りの「網」なのかな?)。神は祟るから祀るっていいますよね? クーデターの勝者が、祟りそうな霊を、生き残ったその子孫達に祀らせたのが神社なのかもしれませんね。
竹はその生命力から神聖な植物とされ、竹を扱う竹取の翁のような人々までもが神聖視されたといいます。かの延喜式の頃(10世紀)ですら、竹製品はは宮中や神社等の特別な所でしか用いられてません。ご指摘のあった「竹取物語」は、私もチェキしてました。お能の「海士」などで、海人との関係を指摘される藤原不比等も、車持の皇子として登場しますね。かぐや姫に一番悪し様に扱われてますが。んで、スッゴク怪しいのが、姫の名付け親「三室戸の斎部の秋田」。三室は大物主の三室山でしょう。斎部氏は出雲、紀伊を中心に分布していますし。私は、竹取の作者は「古語拾遺」の斎部広成だと思っています。中臣氏に対抗してたってのが怪しいですしね。
大海人の皇子が起こした壬申の乱は、海人族の政権奪還のクーデターで、彼の死後、天智の娘 持統のウノちゃんと不比等に返り討ちにあったんでは?とか、トンデモ系に走ってしまいそうです。(笑)
2000/10/16/11:59
玄松子
かなりの長文、興味深く拝見させていただきました。
「装飾」は人類の本能ですから、幾何学文様が伝播・伝来したこともあるでしょう。また、単純な直線・曲線の組み合わせは、かなりの確度で偶発することもあると思います。これら文様の発生・伝播は自然な理の中にあります。しかしながら神紋(紋章)は自然発生するものではありませんよね。かならず決定者の意志が込められます。それが為政者・パトロンの思惑かもしれないし、伝説に由来するものかもしれません。また、氏族を象徴する文様かもしれません。神紋の魅力は、その単純な造形的な美しさだけではなく、その「意志」であると考えています。真偽の外にある事象ですね。神紋を確定した当時の人々の民俗・権威などが見えてきます。
ところで、籠目紋(六芒星)は、「籠の目」の図案化されたものなのでしょうか。あまりに有名な五芒星は「桔梗紋」とも呼ばれ、八芒星は「枡紋」「角紋」とも呼ばれています。呼び名は後世のものかもしれません。
「文様学」というのがあるのかどうか分りませんが、なかなか興味深いテーマですね。商売にはならないような気がしますが。
2000/10/16/22:09
こいっち
Match・こんど〜^_~*サン、
うっぎゃー、長いレスですね (^^;
いろいろとお疲れ様でした。
さて、どれからレスつけようか迷ってしまいますね
>篭目紋は「大酒神社」の神紋でもありますよね。醸造技術は渡来系の匂いがプンプンします。醸造メーカーには、カゴメも亀甲満もあるし。(爆)
これ、一番ウケました(笑)
カゴメの不思議なリンクですね!
>こいっちさんの天陽・地陰説、卓見ですッ!当に「陰陽重鱗紋」ですネ。
そんなお褒めの言葉を…(*^o^*)
これはそういうふうに発想した元ネタがあるんですよ!ボクは西洋オカルティズムも関心あったんですが、知る人ぞ知る魔術結社ゴールデンドーンのカバラやセフィロト解釈などを見ていたのが着想の元です。やっぱ洋の東西は深層でリンクしていると思いますから。
>籠神社は元浦島でもありますから、龍宮へ行き来した浦島の亀は无間勝間とも考えられる。
風土記では亀に乗っていったのではなく、船にて亀を釣ったものの亀姫に催眠術かけられて(?)導かれて行ったんですが、この船ももしかしたら籠舟だったりして
2000/10/17/00:12
玄松子
うっかり見落とすとこでした。
> 篭目紋は「大酒神社」の神紋でもありますよね。
大酒神社では神紋らしきものを発見できなかったんですが、これ、有名な話でしょうか? 参考になる情報ありましたら、お願いします。
キッコーマンは香取の氏子だそうです。カゴメって酒造ってました?
2000/10/17/00:52
Match・こんど〜^_~*
>玄松子さま、こいっちさま
ホントに超兎レス、有難うございます。打てば響くよで、とっても嬉しいし楽しいです。だから、力入り過ぎてつい長文になってしまいました。お目汚し、お許し下さい。
>神紋の魅力は、その単純な造形的な美しさだけではなく、その「意志」であると考えています。
本当にそうですネ。同感です。私は彫金の仕事をしているので、最初は完璧な造形美に魅せられて「紋章」の世界に入ったのですが、付随する謎や歴史的背景があんまり面白いので、つい深みにハマッタくちです。(笑)
>呼び名は後世のものかもしれません。
そうですね。麻の葉だって六芒星ですもんね。卵が先か鶏が先かだな。ただ、ダビデの星を見て籠を想像するより、最初に籠があって1つのパターンを取り出したと考える方が自然なような気がしますが、どうでしょうか? でも、籠と豊宇気毘売神と海人という関係を調べている最中なので、欲目ってか先入観があるのかもしれませんネ。これからは、心して慎重に考えたいと思います。
>「文様学」というのがあるのかどうか分りませんが、…… 商売にはならないような気がしますが。
ファンとしてはあって欲しいですが、ないようですね。民俗学的にアプローチする学者が出て来てくれると、私はとってもハッピーなんですが。上絵師が書いた家紋の本なんか、私は飛び付いて買いましたケド、売れ残ったろうなあれ。(笑)
>カバラやセフィロト解釈 …… 洋の東西は深層でリンクしている
私がよく出入りするサイトで、以前「∞」(レミニスカート)が話題になり、これ自体にも「太陽と月の合一」とか「永遠」とかの意味があり、勿論「無限大」でメビウスの輪の形ですが、立てれば算用数字の「8」で、「8」も「力」を表し、「God(神)」「Majestic(荘厳)」「Mega(巨大)」「Grand(壮大)」
等から8という数が割り出せるケド、日本でも「八咫」や「八尋」や「八百」は無限大を表すのが不思議だねっと。八幡で八坂で牛頭天王の八王子で・・・。どんどんトンデモになって行きますが、ちょこっとスイマセン。アメリカの救急車等に描かれている「ヘルメスの杖」には、ヘビがこの形で巻きついてますが、これは治癒という意味から「モーセの青銅のヘビ」に繋がると思うんですが、このモーセさん、赤ん坊の時、葦の「籠船」で流されてるんですよね。葦船で流されるのは、伊弉諾尊・伊弉冉尊の最初の子「蛭子」もそうです。猿田毘古神も、杖の神でヘルメスのように八衢(境界)の神ですし、陽根がシンボルなのも一緒なんですよ。知れば知るほどなんです。やっぱ、深層リンクなのか?
>篭目紋は「大酒神社」の神紋でもありますよね。
あぁぁ、スミマセンッ! 大酒神社の「大闢」はダーピーと発音し「ダビデ」の漢訳であることから、秦氏ユダヤ人説の人達がよく大酒神社を引き合いに出してたので勘違いしてました。M.トケィヤー氏の著書で写真を見たような気がしてたんですが、それは伊勢の燈篭と真名井の碑でしたぁ。つまりウソでしたぁぁぁ。ゴメンナサイィ。伊勢の参道脇の燈篭はここで↓で見られます。
リンク
しかし、背景で伊勢とは特定できないので、ウソかもしれません。実は私も実物を見つけられませんでした。トホホです。
>キッコーマンは香取の氏子だそうです。カゴメって酒造ってました?
何でも面白半分に結びつけるのは、よくないクセですネ。気をつけます。ただ、カゴメは、お酒は作ってませんが、醤油製造も「醸造技術」ってことで・・・。ルーツは紀伊だし。
2000/10/17/12:08
どもども
後白河院
大和、出雲、丹後(波)、伊勢の関係性が今一つミステリー状態で、興味をもっております。
またなんかあったら、よろしくお願いします。
2000/10/15/13:28
玄松子
ご訪問ありがとうございます。
豊鋤入姫命・倭姫命の御巡幸先でしたら、スセリさんのサイトに
一覧がありました。参考にされてください。
ここ ->
リンク
2000/10/15/13:46
玄松子
涼しくなってきたので、壱岐にでも行ってみようと、地図と資料を眺めていた。
「道という道もない山上に……」という社が幾つかある。冬まで待とう。
ということで、ページ作りでもしよう。どの神社にしよう。
2000/10/15/01:30
玄松子
というわけで、山代神社掲載。
一年前のデータなのだが、むちゃくちゃ懐かしい。夜の高速、宍道湖の夕日、美保の朝日、雨の大社、惠曇で道聞いたおばあちゃん、佐太の……。
2000/10/15/02:25
玄松子
吉田神社掲載。
八月の京都、気温は体温を越えていた。それでも残暑。内院参拝の案内があったが、内容を覚えていない。暑さのせいにしておく。
京都大学が近く、路上には立て看板の列。学生時代を思い出した。看板を見ると、稚拙な印象。年をとった証か。
2000/10/14/11:50
こいっち
やったー!!吉田神社だあ、大元宮だあー
ボクもあの神楽岡の新緑が忘れられません。
卒論で唯一宗源神道の関係をやってたので、
思い入れはヒトシオです。
実はそれより、昔に桜満開の中で彼女連れて
吉田神社などを廻ったのが忘れられなかったりして… (^^;)
2000/10/15/01:07
玄松子
彼女とデートで、神社巡り。
「ここの祭神はね……」
逃げられそうだ。
2000/10/15/01:26
お初に御目文字します
Match・こんど〜^_~*
東京は谷保天神や大國魂神社の近くに住んでおります。母方が真言宗の寺なので、習わぬ九字も切るし、親戚は坊主だらけなのですが、神社の俗気のない清冽な雰囲気が大好きです。
天宇受売命&猿田毘古神、豊宇気毘売神&塩土老翁神、豊玉毘売命&火遠理命、神功皇后&武内宿禰の関係を調べてまして、「豊」と「櫛」の関係、非常に興味深く読ませていただきました。
そこでお願いなのですが、塩土老翁神の小道具「无間勝間」から、海人(隼人)・天女・竹製品(特に籠)・鉾・龍蛇神(含八尋鰐)には、強い繋がりがあると気付きまして、伊勢奥の宮の伊雑宮の神紋だという「籠目紋」が、他にどんな御社で見られるか知りたいのです。五芒星(晴明判紋)もそうですが、六芒星(篭目紋・ダビデの星)も非常に興味深い紋です。
今でも海女さん達の魔除はドーマン・セーマンですが、玄松子さんもドーマンをお使いですネ。これも篭目の一種でしょうか? 九字も破邪の法です。神聖な供物も「髭籠」に入れますネ。折口信夫は、髭籠が大嘗祭の標山のルーツだといっています。宮門警衛にあたる隼人を管理した隼人司は、他に隼人舞等の教習や竹器の製作をつかさどった官司です。何故かつて天孫族と争った隼人(海幸彦の子孫)が、大嘗祭や神聖な竹器の製作に関ったのでしょうか?
「神紋」については、貴サイトが最高峰と存じ上げます。何卒、宜しくお願いします。
2000/10/12/13:59
玄松子
伊勢神宮参道に「籠目紋」があるということですが、僕は確認できていません。伊雑宮でも確認できませんでした。
籠神社もその由来から「籠目紋」を使用しているようですが、このあたりは、私よりも詳しい方が居られます。最近行ってきたそうなので、その方のレスを待ちましょう。
神紋の発生は、それほど古いものではありませんから、それを根拠に古代史を論じるのは危険だと思います。その神紋決定当時の思惑や伝承も絡んだ話になります。やはり、社伝などをあたる方が良いと思います。
が、通常「籠目紋」を論じる場合、ユダヤとの関係を持ち出す論者は多いのですが、隼人は、初耳でした。大変面白いと思います。確かに伊雑宮や籠神社などは、海人と関係があるようです。
籠というのは、どうして竹冠に龍なのでしょうかねぇ。籠目紋は、三角形の鱗紋を組み合わせた形ともとれますが、鱗紋は龍の鱗とも言われています。
玄松子が用いているドーマンは「九字」です。掲示板を設置するにあたり、いたずらなどを排除したかったという単純な理由です。塀などにある鳥居と同じです。
2000/10/12/19:49
こいっち
早速お呼びがかかってますね(爆)
レスまでできるようになって便利です。
丹波の籠神社の奥宮・真名井神社の神紋があの「籠目紋」であるのは、その社伝であるところの、昔に彦火明命が冠島に天降りして、竹で編んだ籠舟を用いて常世国と往来したことに因むものであるようです。ここでもキーワードの竹細工が登場しますね。また彦火明命を祖として仰ぐ氏族に、籠神社祝部の海部氏、また尾張氏、そして住吉大社神主の津守氏などなどがありますし、志摩の磯部氏や豊受大神宮神主の度会氏もその伝承があるようですね。まさしく「アマ・海人」のリンクです。
竹は、そもそも吾朝には存在していた植物種ではなく、南方(福建あたりか)から海人をはじめとする人々によって上代にもたらされた植物であるそうです。だから「竹取物語」の翁が隼人ではないか!?との説もあるぐらいですから。
ドーマン(九字)・セーマン(桔梗紋)は籠目紋との関連性は歴史的にまた発生的に別のものだとは思いますが。ドーマンは奇門遁甲や九星に基づくもので、それは兎も角、セーマンは五行の相関関係を表している図象を晴明が考案したものとも云われますね。ですから、籠目紋が文字通り籠の目の形状から図案化されたものであるならイイとしても、「△=天・陽」と「▽=地・陰」の合一した姿を古代人が表したものだったのかも!と考えてみても面白いかもしれません。
2000/10/12/23:53
玄松子
早速ですね。すばやい。
ドーマンは、道満に由来するという話があり、道満・晴明がドーマン・セーマンと理解されています。玄松子は晴明より播磨の陰陽師に共感を観じているので、こちらを用いていますが、播磨にも海人の影響が多く残っていますね。他のスレッドにあるオノゴロ島の神話も播磨が舞台ですが、明らかに海人の伝承。九字も結界を書く所作ですから、竹垣なのかもしれません。
竹ですか。面白いかもしれない。
2000/10/13/00:31
玄松子
管理人(玄松子)以外にもレスができるように変更してみました。お試しください。
2000/10/12/19:51
掲示板では初めまして
つぼみ
私は今現在東京に住んでいますが、生まれは与板です。
9月13日においで下されて嬉しいです。
与板祭りをご覧になったのですか?
掲示板も渋いデザインですね(^.^)
2000/10/12/01:11
玄松子
掲示板への書き込みありがとうございます。
サイトへ訪問させていただきました。
「散歩」ですね。なかなかに面白いページでした。
> 9月13日においで下されて嬉しいです。
いやぁ、そのぉ。
サイトへの掲載が、9月で。参拝したのは5月の連休なんですよ。掲載していない神社が、まだまだありますので、日々小出しにしている状態で。
これからも小出しにしていきますので、遊びに来てください。
2000/10/12/08:29
上代仮名と母音
こいっち
玄松子さん、
>古事記は上代仮名遣を使用していて、
>モやコなども甲類乙類などがあり、
ですからトンデモ古神道説なんですよ (^^;)
上代仮名遣い、大学でもやらされました
一応これでも文学部だったんでしゅよー
ややこしいったらアリャしないですよね!
一時、国文学会で上代八母音説に真っ向から否定してしまう、上代五母音説という革新的なものがアレコレと議論されていましたが、最近は聞きませんねえ。
神代文字否定論の重要な根拠の一つが、よくある神代文字の五母音に基づく文字表なんですが、八母音説が通説のなかでは当たり前に否定されますよね。もし、上代が五母音であったら…と思うとロマンあります(笑)でもなあ〜
例の件についてフォームメールから送っておきましたので宜しくお読み下さいませ!
2000/10/11/20:34
玄松子
> 一応これでも文学部だったんでしゅよー
玄松子も文学部ですよ。ただし、演劇専攻ですが。
「トンデモ」なものの中にも、説得力のあるものもあるでしょう。ロマンを感じるものもあると思います。他に、面白そうなものがあったら紹介してください。
*さきほどは、フォームメール失礼しました。
2000/10/11/23:37
06-XXXX-9147
井出 明
大阪市鶴見区に鎮座される古宮神社の総代を
させて貰っています。主祭神は息長足姫命です
この七月に祭壇を撮影させて貰った所 玉鏡
に不思議な文様が写りました。「七枚」少し
怖くなり 神社本庁に送付して判断を仰ぎましたが ご返事は未だなしです。このページは
すごく参考になります。頑張って下さい。
2000/10/11/11:33
玄松子
井出さん、はじめまして。
> すごく参考になります。頑張って下さい。
最近、へこみ気味なので、このような励ましが胸に染みます。
ありがとうございます。
> 玉鏡に不思議な文様が写りました。
どのような文様なのでしょう。専門家ではないので、見てもわからないと思いますが、見たいような気もいたします。
でも、やはり、怖い。
2000/10/11/15:07
玄松子
室町期、「山水河原者」という人々がいた。「せんずい」と読む。京都鴨川の河原に居住していた人々だ。彼らの本業は、獣の皮を加工し武具などの材料にする革製品加工業。獣の死体を日々扱うのだ。当時の河原は、京都の飢饉・疫病などの死者を放置するような環境にあった。穢れを恐れる当時の社会で、そこに住む人々がどういう扱いであったか、想像できる。
「死の穢れ」。
「穢れた」彼らに通常の立身出世はありえない。身分差別的には最下層に位置付けられ、土木工事等には、真っ先にかりだされ、使役される人々。あるいは諸国を放浪し、芸を見せ、身体を売る。
そんな彼らの中から申楽を発展させ、世阿弥・観阿弥へと続き、大道芸を芸術へと昇華させるものが現れる。
また、土木工事の棟梁となり、設計・施工を請負い、庭を「枯山水」へと変貌させた人々がいる。
現在の日本が世界に誇れる芸術は、こうした彼らの存在の上にある。
2000/10/11/08:58
玄松子
日本文化の「陰」。
彼らが果たした信仰上の役割とは。
民間信仰の底は深く、難しい。
2000/10/11/10:42
ぬか喜び
スセリ
うんにゃ。
密かに失敗していたわけね。。。
(((((--;;;
めげずにまた、挑戦しますしー。(^^;
生活そのものを変えちゃうんですか。
そうなんだ…。
2000/10/11/08:37
玄松子
何か設定忘れてるような感じっすね。
「ちゃう」ちゃう、「たい」。
2000/10/11/10:39
ことば47声と国・神生み
こいっち
玄松子さん、みなさん、おはようございます。
>言霊の総数って何ですか?
まあ、トンデモとして聞いて下さったらイイですけど。イザナギ・イザナミが生んだ国と島の合計数が(ヒルコ・アハシマは除き、ハヤアキツヒコ・ヒメ、オオヤマツミ・カヤノヒメの生む神も含める)、ひふみ47言と一致するとのコトです。もちろん書記には当てはまらないけど (^^;)
上代から中世にかけての神道説にも今では面白いものがけっこうあって、神々を天地人(三才)の五行に配当していたり、陰陽五行説での古典解釈もなかなか奥が深いですね。
「神道大意」では、天に七星があるように人体には七穴があいており、地に五行あるように人体には五臓が働いている、などなどヘタなトンデモ説よりも興味深いものばかりです。
製作ノートPCを初めて手にしてWin.MEを導入したものだから、返事が少し遅れました。
2000/10/11/07:03
玄松子
> ひふみ47言と一致するとのコトです。
古事記は上代仮名遣を使用していて、モやコなども甲類乙類などがあり、今より数がかなり多かったと記憶しています、専門じゃないので明言できませんが。
> Win.MEを導入したものだから、
入れましたか。
ベンチマークでは、98より遅いそうですよ。来年には Whistler Personal が出る予定です。
2000/10/11/08:29
つけちゃった!
スセリ
玄松子さん、こんにちわ。
つけたわ〜!
つけてしまったわ〜♪(*^o^*)ほほほ。。。
(密かにほくそえむ、、、。)
秋だから?
生活スタイル変える?
変えてみるの?
2000/10/10/17:26
玄松子
密かに失敗している雰囲気を感じますが。
スタイルではなく、そのものを変えたいんですよねぇ。
2000/10/10/20:27
玄松子
会社を休んでしまった。倦怠ぎみ。秋だからか?
最近、マジに神職になりたいと思う。が、会社を止めて生活できるだけの蓄えが無い。通信教育という手もあるが、その後の保証もない。
勉強しながら奉仕(従事)できる神社ないですかねぇ。独身だから養子話でも、、、などと考えている。秋だからか?
2000/10/10/13:26
玄松子
健男霜凝神社関連掲載。
小さな神社の参拝を続けていると、境内に一人という状況は多い。時には「ゾク」っとする感覚を感じることがある。霊感ゼロのはずなのだが、不思議だ。
2000/10/09/20:00
おのごろ
こいっち
>スセリさんの掲示板で、籠神社の件、拝見しました。
そうですか。この話はぶんぶんサンのとこにもちょっと感情的に書いておりましたよ(笑)
ほんとにイイところでした。
>「オノゴロ」とは、自ずからころがるもの、自転するもの。矛は「すい星」。天御柱は、地軸。
かなり「トンデモ」な話ですが。
これって、古神道界の有名人「友清歓真」がその著作にて書いていた説と同じですよ!
たしかに原初のクラゲなす海を惑星の元になった雲状の太陽系であると仮定するなら、それを混ぜこぜにして出来あがったのがオノゴロ島(地球)となりますよね。そしてそのオノゴロ島に降り立ってから初めて他の島々(国)を生みましたし、地上を修理固成するにあたり天沼矛を地上に突き刺して天御柱となしたことからすると、やっぱり合理的(?)な解釈もできるトンデモ説にはなりますよね!
ボクも個人的にはそういうノリが好きです(笑)
ちなみに古神道的な解釈の余談をすると、
岐美二柱の国生み神生みされた時の総数は(一部の例外を除いて)、言霊の総数と同じになるんですよ。不思議ですよねえー(爆)
2000/10/08/23:16
玄松子
オノゴロについて、もう少し考えてみました。
潮が固まるって、どんな感じだろう。海水が固まって大地になるって、単純に考えたら、北極ではないか。こう考えると天御柱はやっぱり地軸。
>古神道界の有名人「友清歓真」がその著作にて書いていた説と同じですよ!
うっ、知らない。(ここで神道事典参照)。おっ玄松子と同県人だ。山口県人はトンデモが好きなのか。
でも、この説、どこかで読んだようなデジャブ感があるんですが、どうなんだろうか。
> 言霊の総数と同じになるんですよ。
言霊の総数って何ですか?
2000/10/09/01:24
玄松子
賀茂波爾神社掲載。資料を見ていたら、「政府の指令で社名を変えた」とあった。
それまで近隣の人々に信仰されていた『赤ノ宮稲荷』は、どこへ行ったんだろう。
嫌なモノを見てしまった感じだ。
2000/10/08/18:30
せとう
天気予報に騙されて、一日おのごろ。これじゃ、景気も回復せんわ。不景気の真犯人は気象庁だった。
オノゴロ島の淡路島の近くの比定地は、淡路島そのもの、沼島、友が島(の神島)が見えます。
沼島は淡路島の南の小島です。友が島は和歌山の加太の西で、神功皇后の漂着伝承があり、淡嶋神社の元の宮があったとされます。
2000/10/08/17:50
玄松子
「オノゴロ」について、少し考えてみました。
ひょっとしたら昔何処かで読んだ資料にあったのかもしれませんが。
羅列してみます。
カオスから宇宙創生し、神々が生まれ、イザナギ・イザナミになって国生みが始まります。
ここで、欠落しているのが、「地球」。
「オノゴロ」とは、自ずからころがるもの、自転するもの。矛は「すい星」。天御柱は、地軸。
かなり「トンデモ」な話ですが。
淡路島以後の国生みも、実際は神生みですよね。生まれる島々にも人格があり、神々です。ところがオノゴロ島は神ではない。神を生み出す基盤です。
大陸から見て、韓半島は、突き出した矛に見えないでしょうか。韓半島から日本の島々を造りだし、支配したとする記述ではないか。
などなど。
面白いので、もう少し考えてみます。
2000/10/08/18:23
>観光
こいっち
こんばんは、こいっちデス。
>今日は、大分と阿蘇に遠征に行った。
いいですねー九州!!
先月に初めて脚を踏み入れたばかりです。
九州へまた行ってみたいなあー
阿蘇神社へは行かれましたか?
あそこの宮司さん、前に熊本八代宮の宮司サンとともに一緒に伊勢牛の焼肉を食べに行ったんですけど、腰の低いイイ感じのオジサンでした。でも90何代目かの当主なのにネ!
八代宮の息子は、ボクと大学時代の同級生なんですよ。ああ、九州へ行きたいよお
>家族や友人とは行けません。
同じだあー(笑)
ボクもどうしてか、社寺などの観光名所旧跡へ訪れても、皆が寄ってたかっているトコはそっちのけで、ひとり歌碑や庭を眺めているパターンです。ツアーにまぎれて行く時なんかは、たぶん変人と見られているんだろなー
2000/10/08/00:38
玄松子
僕は、関西が羨ましくて仕方がないんですよねぇ。
九州は、行きたい神社、それぞれが離れていて、
昨日は12時間費やして、ほとんど「運転」がメインでした。
しんどいです。
スセリさんの掲示板で、籠神社の件、拝見しました。
個人で神社巡りをしている限界を感じましたよ。
うらやましい。
2000/10/08/18:02
観光
玄松子
今日は、大分と阿蘇に遠征に行った。
神社巡りを趣味にしていると、普通の観光が疎かになる。
別府では、地獄巡りを横目に見ながら、小さな神社を探し、
阿蘇では、観光客であふれている場所を避けて、廃墟のような神社に参拝。
そういえば、斑鳩でも法隆寺を素通りして路地裏の稲荷を撮影していたなぁ。
家族や友人とは行けません。
2000/10/07/18:58
玄松子
久我神社は上鴨神社の第八摂社だと案内にあった。
一から七は? いくつまであるの?
調べてなかった。調べてから行けば良かった。
というか、京都では、これに気付かなかった。
八月の炎天下で脳が溶けてたから。
2000/10/06/00:02
お邪魔します。
てっちゃん
初めまして、瀬藤さんの「神奈備」や紫之さんの「DAY DREAM」でおせわになっているてっちゃんです。
すごく凝ったデザインの掲示板ですね。
それにデータベースも充実しているしブックマークにつけて「神奈備にようこそ」などと一緒に辞書的に活用させて頂きたいと思います。
僕も神社が好きであちこちに行ってはいますが何せ知識
不足なのでみなさんにいろいろと勉強させて頂きたいで
す。ちょくちょく寄らせていただきますのでよろしくお願いいたします。
2000/10/05/13:10
玄松子
記帳ありがとうございます。
「てっちゃんさん」って、「ちゃん」と「さん」が重複してる感じで呼び難いですよね。僕も、子供の頃は「てっちゃん」と呼ばれていたので、変な感じですよ。
> 何せ知識不足なのでみなさんにいろいろと勉強させて頂きたいです。
僕も知らないことだらけなんです。知らないから知りたくて、ウロウロするんですよね。小さな発見の積み重ねが癖になるって感じですかね。
2000/10/05/23:54
玄松子
「廃絶式内社調査報告」が見つからない。
もともと非売品なのだが、古書店のサイトを探しまくっても出てこない。
県立図書館にはあるのだが、これは、手に入れたいのだ。
2000/10/05/07:43
オノゴロ
Setoh
国生み神話では、オノゴロシマに続いて出来た島は淡路島となっています。古事記では続いて四国、隠岐島、九州、壱岐、対馬となっています。日本書紀の本文では、淡路島、本州、四国、九州の
順となっています。
オノゴロシマの次は淡路島となっている事から素直に考えて淡路島の近くだったとしておきます。
矛が潮を固める話は播磨の海にも出てきます。『播磨国風土記』が伝える葦原志挙乎命(伊和大神)と天日槍(天日矛)とのやりとりの中で、天日槍は上陸を拒否され、潮を固めてとどまったとあります。やはり淡路島の近くです。
日本書紀の国生みの範囲は雄略天皇の支配した地域だそうです。そうして九州の熊曾と言う表現がありますが、これは古い言葉で、記紀が書かれた頃は隼人と呼んでいたそうです。伝承としては古いのでしょう。この神話は淡路の海人が大和へ持ち込んだのではと言われています。
2000/10/04/18:43
玄松子
ちょっと調べてみたんですが、「国生み神話」は複雑ですよね。
兄妹始祖型・原初洪水型などの要素が絡み合ってます。
そこに「矛で塩(潮)」ですか。むずかしい。
海人の伝承が元になっていることは確かなようですね。
「淡路島の近く」、具体的には、どの辺りなんでしょうか。
2000/10/04/20:17
渟名城入姫さんゴメンね。
スセリ
そまさん、ね。ね。
玄松子さんちの掲示板いいよね〜。(*^^*)
「渟名城入姫神社」がアップされてますね。
気になってたのですよ。
大和神社に行ったときから。
ちょっと、ホッとしたりして、、、。
ちょっと、ごめんにゃ〜と
あやまらせてもらお。
だって、怖いから行きたくないわ〜などと
思ってましてね。
玄松子さんのHPで見せていただいて…
なんか、哀れです。
そんな女性もきっと
いっぱいいたんだろな、、、。(T_T)
2000/10/04/17:26
玄松子
「斎王」ってだけで、哀れさを感じますが、この女性は特別ですね。
野宮神社のページと前後して掲載したので、特に哀れさを感じます。
この人を題材にした詩歌や小説はあるんだろうか?
スセリさんも、暇があったらお参りしてください。
遠いですが。
2000/10/04/20:12
シブイです〜!
そま
こんにちわ〜!そまです。(*^o^*)
いつぞやは掲示板の件で色々とありがとうございました。(^-^)スセリさんから「凄いです、アイコンで筮竹占いって感じですわん」とウワサをお聞きして、やってまいりました。デザイン、めっちゃ渋くて素敵ですね!何の卦が出るかな〜??わくわく。(^o^)。♪
この芳名帳、書き込む前から名前の所が「そま」になっていたんですけど、ここに入ってきただけで、どこからアクセスしているかわかるんでしょうか?(^^ゞ
2000/10/04/1