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2000年11月
履歴
玄松子
一週間ぶりに更新。和歌山の竃山神社と摂社の静火神社。
静火神社では、「これが名神大か」と思わずうなってしまった。う〜ん。まだまだ未熟かな。
2000/11/30/00:35
実は。。。
玄松子
早朝、明け方、神社に参拝し、写真を撮っていると、近所のおばあさんがテクテクと境内に歩いて来て、拝殿前で深深とお辞儀をし手を合わせている光景を目にすることがある。
「実はこの神社の祭神は。。」
「実はこの地方は古代に。。」
資料には、「実は。。。」という記述が多くあるが、神社の「実」は、このおばあさんにあるのではないか、そんな気がした。
そんな「実」に触れたくて神社巡りをしているのだ。
2000/11/27/18:04
如月華月
玄松子さん、こんばんわ。
例の道陸神社ですが、たまたま、水間に行ったときにひっかかりまして・・・
御祭神の由来は、昔、あのあたりにあった
城の兵士が足のけがをしたときに、
その、怪我を治してもらったから・・
という、シンプルなもの、でも、なぜか、
蔵王権現が習合されている。
インフォシークで検索すると、宮城や茨城県
で、出てくる、なんとなく、道祖神ぽい・・・
関東東北の神がなぜ大阪に?
と、いうことで調べてます。
多分、民間信仰の濃い神社なんでしょうけどね
今週末は、丹後半島をまわるので、道陸神は
一旦おいておいて、丹後の神社に専念したい、
とおもいます(^^;
2000/11/28/20:41
後白河院
如月さん、こんにちは。
久美浜は熊野郡なのですが、熊野神社はありましたか?私も近々行く予定です。
2000/12/03/18:50
後白河院
もし行かれたらですが、どうだったでしょうか?
2000/12/03/18:55
丹生都比売神社
後白河院
にお参りに行きました。途中の案内看板が「天野大社」とあるので、たぶんそうかなと思いつつも、行くと赤い神橋が。看板も何も無いのでたぶんそうかなと思いつつも行きすぎる。
社殿の中に内宮殿があるそうです。
2000/11/27/22:23
玄松子
11月5日の早朝に参拝してきました。資料が多くて、まだまとまらず、サイトへの掲載は来月あたりになりそうですが。
> 社殿の中に内宮殿があるそうです。
徳治元年(1306)の一間社春日見世棚造だそうですね。
重文です。
2000/11/27/22:50
はじめまして
如月華月
はじめまして、大阪は水間の道陸神社を
探して、たどりつきました。
このページはあちこちの神社探訪以外にも、
神紋、延喜式等があって、助かります。
また、お邪魔させていただきますので、
よろしくお願いします。
2000/11/27/01:51
玄松子
書き込みありがとうございます。
>大阪は水間の道陸神社を探して
そうでしたか、貝塚の方へはまだ行っていないので。
ただ、「道陸神社」、面白そうな神社ですね。
どうして、探しているんでしょうか。
気になりますね。
2000/11/27/17:51
JAS
玄松子
松本に来た。インターネット使い放題のホテルで便利だ。一日一便の飛行機で来たので到着したのが夕方。参拝は明日からだ。
ところで、帰りの便を一日遅らせることにして、飛行場のカウンターで変更をお願いしたが、その日は満席。仕方なく、帰りは電車にし、帰りの便をキャンセル。往復割引が無くなって、片道5000円増し、さらにキャンセル料3420円。しめて、8420円。空席がなかったために、無駄にしたことになる。しばし愕然とした。5000円増しは仕方ないが、なんで三日後のキャンセルが3420円なんだ。
ちなみに、直前のキャンセルでも同額らしい。疑問だ。
2000/11/23/21:16
こいっち
こんばんは、こいっちです。
玄松子さん、もう諏訪方面へと行かれていたんですね!さすが行動派ですなー
あんまり飛行機乗らないから知らなかったんですけど、キャンセル料ってそんなに取られるもんなんですか。
今日は新嘗祭でした。
米は命。斎庭之稲穂に感謝しましょう(^^)/
2000/11/23/21:30
玄松子
「新嘗祭」というのを見たことがありません。
お田植神事などはテレビニュースなどでも放映されますが、どんなことをするんでしょう。
御神田で稲刈りとかするんですか、それとも稲穂を神に捧げる祝詞をよむのでしょうか、あるいは、新米で饗宴をするとか。
文字の上では、新嘗・相嘗など、わかるんですが具体的な行為に関してさっぱりなんですよねぇ。
2000/11/27/17:40
写真
山浜
玄松子さん こんにちは
安芸、備中、畿内6社、丹波の一宮をまわってきました。摂末社までじっくり見るとホント時間がかかりますね。あらためて玄松子さんのすごさがわかります。熊野那智大社の写真いいですね。
ところで質問ですが、デジカメをお使いだと思いますが、1社あたり平均何枚くらい撮られるのでしょうか?撮影は高解像度ですか?教えてください。よろしくお願いします。
2000/11/27/02:09
玄松子
>1社あたり平均何枚くらい撮られるのでしょうか?撮影は高解像度ですか?
何の為に写真を撮るのか、何故撮るのかが重要なことだとおもいますが、
その他にも、神社の規模・天候・体調によっても変わってきます。
3枚の場合もあれば、数100枚の場合もあります。
ようするに、自分自身「納得できる」までではないでしょうか。
一宮巡りについて。
吉田作治さんの「諸国一宮記」という書があります。図書館に行けば見ることができると思いますが、そこには、全一宮の参拝記と写真、御朱印、その神社に関連するお土産が写真付きで載っています。数年かけて参られたようですね。なお、紹介文は海部元首相が書いています。
2000/11/27/17:35
玄松子
久しぶりに出雲の神社。曾枳能夜神社掲載。
参拝は、去年の今頃だった。ページには書かなかったが、この神社はあまり良い印象ではない。
「不快」というのではない。「怖い」感じだったのだ。拝殿前にいきなり鼠の死骸があったからかもしれない。猛禽類の仕業か。
しっかり祀られているようだが、なんとなく、怖かった。
2000/11/22/22:38
玄松子
熊野那智大社掲載。これで、熊野三山が終了したことになる。熊野に関する資料が多く、図書館でもそれだけで数冊の本があった。それだけ、関心があるということかな。
少しづつ、各ページを書きなおしている。
密かに、少しづつ。
2000/11/21/22:47
こいっち
いろいろとレスがすっかりと御無沙汰しておりました。すみません。
猛ラッシュでの神社アップに加えて徐々に更新されているとのこと、お疲れ様でございます。あれだけの掲載量があると大変でしょうねえ。
数々の写真画像を通して、玄松子さんがこの視線で何を感じてみえたのだろなーって引き込まれてつつ順次拝見しておりまーす。
2000/11/21/23:12
玄松子
お久しぶりです。相変わらず、忙しそうですね。
>玄松子さんがこの視線で何を感じてみえたのだろなーって
あまり大した事は感じていないのです。ほとんどその場で消える泡のようなもの。
行くこと、見ること、撮ること、調べること。そういう「行為」の一つ一つに意味があるような気がします。「どういう」意味かは不明だが。
2000/11/22/00:44
すこしは真面目に十字と物部
Setoh
吉野祐子さんによりますと、宇麻志摩治命とは南方産の蛇を象徴する檳榔[ビンロウ](あじまさ)から出た名前であり、南方出自の大王の意味があるそうです。
鹿児島県曽於郡志布志町に乙姫様を祭神とする枇榔[ビロウ]神社が鎮座しています。乙姫は海人族の比売神ですから、物部と無関係とは言えませんね。
南方 鹿児島 檳榔 乙比売 宇麻志摩治命 十種神宝 丸に十字 島津
とstoryができそうですね
2000/11/20/18:17
玄松子
この続きは、神奈備掲示板へ。
Link
ということで。
2000/11/21/22:45
玄松子
どなたか和歌山・竃山神社の近くに住んでいる方、おられませんかねぇ。
竃山神社に参拝した時に、菊紋を見たんですが、五瀬命だから、「菊紋」だよねぇ、と納得して、ろくに調べなかったんですが、「神社名鑑」を見たら、「子持ち三つ柏」とあります。
「子持ち」というのは、小さいものが附属しているということですが、「三つ柏」にどのように附属しているか、イメージできないのです。
う〜ん。今回の和歌山参拝は「忘れ物」が多い。
2000/11/19/15:49
玄松子
神紋(図案)なので、電話では聞きにくいと思って遠慮していたのですが、やっぱり神社に聞いてみようと思い、先ほど電話しました。
七五三で忙しい時期ですが、宮司さんに丁寧に細部まで細かく教えていただきました。お騒がせしました。
2000/11/19/17:10
玄松子
越後の鵜川神社二社を連発。
「小さい神社」です。越後の郷土史をあたれば、もう少し詳細がわかるかもしれませんが、今回も「式内社調査報告」の内容から。
しかも、「式内社調査報告」は式内として否定的なので、記事も少ないのです。
その程度の情報掲載で良いのかと自問しております。
2000/11/19/11:16
玄松子
熊野本宮旧社地・大斎原掲載。実は、未完成なのだ。祀られている祭神の詳細がわからない。とりあえず、神道大系記載の旧境内社を載せている。
各神社ページの記述を見直して見ようと思う。量が多いので、ゆっくりと。見直したページの構成を少し変えてみた。
2000/11/17/18:12
後白河院
元禄時代の「日本全図」の諸国一の宮案内には、紀州一の宮として熊野大権現が挙げられているらしいのですが。詳細はわかりませんが。
2000/11/19/00:01
玄松子
詳細がわからないので、なんとも云えないのですが、紀伊では月次・新嘗・相嘗の幣帛を受けている神社、熊野よりも政治的に格上の神社が多いので、それは無いような気がします。
一番有名な神社を「一宮」として表現したのかもしれませんね。
ちなみに、元禄の20年後頃の「和漢三才図会」には、日前大明神とあります。
2000/11/19/01:03
そま
こんばんわ 、おじゃまします。つい夜更かしの山の民です。(^^;)
本宮旧社のページ、拝見しました。
そう!!大斎原って船ですよね!!(^o^)ノ(ひょっこりひょうたん島?)
さきほどメールお送りしたのですが、旧社の図など入って容量重くてごめんなさいね。(^^;)
無事届くと良いのですけど。
2000/11/19/03:45
玄松子
そまさん。メール届きました。ありがとうございます。
さっそく、旧社の図を大斎原のページに載せました。
この図で、「舟形」ということ、中州にあること、音無川を渡って参拝していたことが非常にわかりやすくなりました。感謝感謝です。
2000/11/19/11:09
十字架
後白河院
初期キリスト教の象徴は「魚」だったようです。十字架は他の土着宗教(エジプトあるいはドルイド)からの流用と思われます。最初に使われたのが何時頃かは調べる必要がありますが。
2000/11/18/21:09
神紋
Setoh
照国神社の丸に十字は「十種紋」と云うと、あのよのとチャンから聞きました。
島津は物部の子孫??
2000/11/18/19:04
玄松子
そりゃ、おもしろい。
通常、十字紋は呪符だと云われているんですよ。昔は丸は無かったらしい。
このアイコンで使ってるドーマン(九字)のようなものですが、「十種紋」だとすると、似た性格ですね。「臨・兵・闘・者…」とするか「ひ・ふ・み・よ…」とするか。とにかく、数え上げる「言霊」と、垣・障壁を作る「行為」を、「護り」に転換することだと思いますが。
それ、その筋では一般常識なんでしょうか。なにか出典はあるんでしょうか。ちょっと深く踏みこんで見たいんですが。
2000/11/18/19:22
Setoh
十字はクルス
栗栖神社「宇麻志麻知命」は紀の国、河内、愛知県犬山市に見える。
> その筋では一般常識なんでしょうか
未確認。月海黄樹さんの本にあるかも。
2000/11/18/20:14
玄松子
物部の十種神宝なら、「ふるべゆらゆらとふるべ」の呪文だと思いますが、
> 十字はクルス
これだと、興味激減です(笑)。
確かに島津十字紋の起源説の一つにキリスト教というのがありますが、物部をキリスト教と関連付けるのは、どうでしょうか。物部の伝承の中に、「創造主」という概念でもあれば、と思います。
ただ、十種神宝の「死者を甦らせる」というのはキリスト復活に繋がるかもしれません。
キリスト教は、ぜんぜん詳しくないんですが、当初から十字架がシンボルだったんでしょうか。その時から、十字架を「クロス」と呼んでいたんでしょうか。
2000/11/18/20:51
Setoh
> 小さな神社なら情報少ないので楽だな。
何にも解らない場合があります。そう云う時は地域の歴史や遺跡など一般的情報でやりくりしています。
楽とは思っていませんが・・・
2000/11/17/07:43
玄松子
そうですねぇ。うん。そうなんですよね。
僕は、わからない時は、「由緒はわからない」としてますから。
それじゃ、駄目なんだろうなぁ。
ちょっと、反省。
2000/11/17/08:06
玄松子
背景に「参」。少々地味になった。
2000/11/17/00:36
玄松子
熊野速玉大社。
予定では、神倉や阿須賀にも行く予定だったんだが、玉置が遠かったのだ。
ページ作りながら、神倉だけでも行っとけばと、後悔。
写真も思っていたほど綺麗に撮れていない。朱い神社は晴天の日じゃないとつらいな。
2000/11/16/23:26
玄松子
熊野本宮大社を掲載。
ページを書きながら、ひとつ忘れていたことを思い出した。熊野三山(本宮・新宮・那智)にはそれぞれ「熊野牛王神符」とよばれるカラス文字の神符があり、それぞれでカラスの数がちがうということ。そこで、3社に参ったらかならず買って来ようと決めていたが、持って帰った資料を探しても那智の神符がない。
買った記憶も、全くないのだから、あるわけがない。
どうして買い忘れたんだろう。
那智が人であふれていたからか。
アベックが多くてむかついていたからか。
参拝中雨が降り出して急いだからか。
思ったより移動に時間がかかり、帰りの時間を計算していたからか。
とにかく無いのだ。
むちゃくちゃ後悔して、もんどりうっております。
2000/11/15/00:15
そま
*玄松子さんこんばんわ。(^-^)
本宮大社のページ、拝見しました。 本地仏まで書いてあって、とても詳細な記述で、さすが〜!です。(*^^*)神様の名前が資料によって違うようですが、神主さんは「もともとは熊野坐大神(くまのにいますおおかみ)様をお祀りしていたんです」っておっしゃいますね。熊野信仰そのものの歴史はたいへん古いそうですから、時代の変遷と共に本地垂迹説ができたり摂社末社が統廃合されたり、信仰形態にも様々な変遷があったのではないかと思われます。
神門内が撮影禁止なのは商業目的の撮影が禁止なのだそうで、個人で楽しむ分には良いのだそうですよ。 (ねえ山浜さん。(^^))
*牛王神符、以下の那智大社のページに掲載されています。
Link
2000/11/15/02:31
玄松子
朝早い山の民にしては、夜遅い書込みですねぇ。
> 神主さんは「もともとは熊野坐大神
そうですねぇ。この「熊野に居る大神」って誰、って感じです。「家都美御子」は、家都美の児なんだろうか。じゃ、「家都美」って誰、って。古代の地方神なんだろうけど。
> 商業目的の撮影が禁止なのだそうで
商業目的のみ禁止なら、そのように書いてほしいですよね。「撮っちゃだめなんだ」と折角観光で来て撮らずに帰る人もいるようです。参拝時にいらっしゃった家族連れは、門内で写真撮らずに、門の前だけの記念撮影で諦めて帰っていたようです。
どうやら、僕は、社務所前に40分立たされていたため、良い印象を持てなかったようです。ここ。御朱印をもらった後、境外末社の位置をお聞きしようと、もう一度社務所に戻ったんですが、「朝礼」の最中で、また、朝礼が終わるのを待っていました。その間、受付は無人でしたから。
門内撮影禁止というのは、上鴨でもそうなんですよ。で、上鴨で、「撮っていい?」って聞いたら、「だめですよ」って言われました。春日では、巫女さん撮影禁止だそうです。「撮っていい?」って聞いたら、「だめです!!」って言われました。
> *牛王神符、以下の那智大社のページに掲載されています。
ありがとうございます。那智は72羽なんですね。
でも、この写真、「玄松子の記憶」に掲載したらパクリになっちゃいますよね。72羽と知って、さらにもんどりうっていますよ、早朝から。
2000/11/15/07:23
山浜
玄松子さん こんにちは。
初めてカキコします
私も偶然11月4日に御朱印をいただいておりました。朝早かったのですか?私はたぶんそのころ那智大社にいたころですね。
本宮大社のなかでは観光客がバンバンビデオとってましたね。それで私も看板を無視して写真を撮りましたが、何となく神罰が怖くなり(爆)、あとで社務所でその旨告げたら、悪徳業者がいるので商用使用の防止のためとのことでほっとしたところです。本当に禁じるのなら伊勢神宮のように警備員がいたほうがいいのでしょうが、諸般の事情で看板だけなのでしょうか?
しかし、商用目的の悪徳業者って、一体何に使うのでしょう?変な世の中です
2000/11/15/20:12
玄松子
那智の熊野牛王神符、那智でもらったリーフレットに写真がありました。よかったぁ。少し安心。
山浜さん、書き込みありがとうございます。
> 商用目的の悪徳業者って、一体何に使うのでしょう?
護符とか売り付けるんじゃないですかね。「熊野本宮公認」とか言って。でも、「悪徳」なら、その程度の警告無視しちゃうと思いますが。
じいちゃん・ばあちゃんの思い出削るようで、なんか気になるんですよね。
他の資料を見ていたら、下四社の本地が乗っていたので、加筆。有名神社はいろんな資料に載っていて、多くの情報があるので、ページ作りが大変だ。小さな神社なら情報少ないので楽だな。小さいところを集中的に回ろうかな。
2000/11/15/21:30
玄松子
「住吉大社」内の式内社について、少しだけ記事を追加した。
やっぱ、写真並べただけじゃ、「我が子の成長日記」と大差ないと、ふと、感じた。
2000/11/13/07:48
玄松子
さらに、少し修正した。
本当は、もっと記事を増やしたかったのだが、他の神社とのバランスが気になった。他の神社の情報ももっと増やしたくなってきた。でも、社数が多いので、それを始めたら、新規の更新ができなくなってしまうような、そんな感じ。100社程度なら、「全見なおし」というのをやっていたかもしれない。
ここだけの話、未掲載の神社が200以上ある。どうしてこんなになってしまったのだろう。
2000/11/13/23:14
はじめまして
Minstrel
こんにちは。世の中は広いですね〜。またも、凄いページを見つけてしまいました。
神社について、随分詳しくて勉強になりました。その他にも、興味深い箇所がいっぱいなので、これからジックリ見させて頂きますネ!(私のページにも歴史関連の話題がありますので、良かったら見てみてね^^)
2000/11/13/20:28
玄松子
書きこみありがとうございます。
Minstrel さんのHP、以前に訪問したことがあります。
「アンテナにひっかかったものの」というのが印象的ですね。
2000/11/13/23:08
摂津の国の総社について
あかがね
玄松子さん、はじめまして。いつも見させていただいております。
ところで、最近住吉大社とともに摂津の国一ノ宮と呼ばれる坐摩神社から買い物をしに心斎橋まで歩いていたのですが、途中式外の「難波神社」を発見(?)立ち寄ったのですが、縁起には創立当初は仁徳天皇を祀るお社であったものの、943年にいたり、摂津の国の総社となったとされておりました。
玄松子さんのページを見ていると摂津の総社の欄には記載が無かったのですが、実際のところどうなんでしょう。
そもそも総社ってはっきりと制度化されてたんですか?国分寺みたいに。
2000/11/11/15:01
玄松子
このサイトにある「総社一覧」は、『神道事典』から転載しているのですが、それにはナシとなっています。そうですか。難波神社ですか。
手持ちの資料を調べてみましたが、『神社辞典』『神社名鑑』『全国神社名鑑』にはこの社の記載がありませんね。
『明治神社誌料』には記載されていますが、総社に関しては触れていません。ただ、境内社に十四社相殿社とありますから、多くの神社から勧請し、総社としての機能があったのかもしれません。
一宮でさえ、その所在が明確になっていないものや、いくつかの候補があるものがあります。総社は、一宮ほど意識されない場合が多いので、候補が多くあったり、有力なものが見当たらない場合もあるんだと思いますが、どうでしょう。
> そもそも総社ってはっきりと制度化されてたんですか?
総社は国司が手間を省くために置くものですから、制度としては国によって異なるのではないでしょうか。都に近い場所では、総社は置いていないというのが通説だそうです。総社は、一般には国の総社を言いますが、国以下の地域などの総社もあるようです。これは一宮に関しても同じですね。制度というより恒例という感じだと思います。
2000/11/11/16:26
あかがね
玄松子さん、どうもすばやいレスありがとうございます。
難波神社にかんしては、自己申告だから必ずしもはっきりしないですね。出典もよく分からない記述ですし。
十四柱相殿神社という末社がありますが、どうも明治になって周辺の神社を合祀して出来たものみたいです。でも、十四柱になる前は六柱だったとあるのでここが総社だったのかも。
一ノ宮は国司が就任後に最初に神拝するお宮、総社は全部回るのが面倒なので出来たお宮。いずれにしても国司制度自体がかなり早く崩壊したような事も聞きますし、庶民にとってあまり関係ない(特に総社)概念が、今に伝わっている方が不思議ですね。
私としては明治以前に、天皇を祭る神社があった事に驚きました。(もちろん応神天皇は除く。後怨霊系の崇徳天皇とか)
2000/11/12/11:33
玄松子
> どうも明治になって周辺の神社を合祀して出来たものみたいです。
そうですか。明治ですか。じゃ、わかんないですね。
総社という表記の初見は、1099年の『時範記』だそうですから、「943年に総社になった」する資料の信憑性も不明ですねぇ。
> 私としては明治以前に、天皇を祭る神社があった事に驚きました。
主祭神が、仁徳天皇ですから、八幡の境内や周辺にある若宮などに祭られていますね。その系列としてなら不思議じゃないかもしれませんね。
僕は、式外の古社については、あまりよく知らないので、他にも、面白そうな神社があれば、また教えてください。
2000/11/12/12:20
あかがね
たびたびすいません。
言葉が足りなかったのですが、明治に十四に増える前は六柱だったという事です。各地の総社が六所明神とかいうので、総社だったのかな…という意味です。
また難波神社の由緒書きによると、「西暦415年反正天皇が河内国丹比柴籬宮(今の松原市)に都を移されたとき、同地に父帝をしのんで」つくったとあるので、八幡さまとは無関係のようですね。どうもその後、難波宮跡とのからみで大阪市中央区に移ったようです。
しかし、どうして式外なんでしょうね。正史にあたってチェックしないと何にも分からないですが(日本書紀くらい買わないと…涙)、天皇家のプライベートな宮であったという事でしょうか。
2000/11/12/19:40
玄松子
> (日本書紀くらい買わないと…涙)、
日本書紀には、反正天皇の記述は数行しかありませんよ。
ちなみに、西暦415年は、弟の允恭天皇の時代ですね。
現在地に遷座したのは、平安時代の朱雀天皇の頃(943)で、延喜式と前後します。延喜式は927年奏上され施行は967年ですから、微妙なところですね。遷座以降、難波大宮とか平野神社とよばれ、頼朝や足利の参拝があったようですが、それまでは、それほどでもなかったか、「天皇家のプライベートな宮」だった、のかもしれません。
朱雀天皇の時代は、乱の時代ですから、仁徳にあやかったのかもしれません。
2000/11/12/20:43
玄松子
「神社知識」が、半年間、更新されていない。ネタがないのだ。神社の資料を読み、参拝している間に、『僕』の中では、『常識』になってしまっていることが多いせいだ。
「何? これ?」って、疑問だらけだった頃には帰れないのだよ。
誰か、ネタ下さい。
ということで、生根神社を掲載。大阪時代、住吉に住んでいたんだが、この神社の存在を知らなかったんだ。
2000/11/12/13:03
玄松子
今週は、ず〜っと、首筋から頭部が重く、頭痛がひどい。何か連れてきたかのような、そんな感じだ。
で、住吉大社掲載。摂末社が多いので、主なものだけに限定しようかとも考えたが、まぁ、いっか。
2000/11/11/00:20
玄松子
実は、旅行の後が大変なのだ。1000枚を越える写真を分類・整理し、御朱印をスキャンして、由緒等を書き写す。資料の中から、「これ」と思う部分を抽出し、神紋をツールで作成して、ページにまとめるのだ。
サイトへの掲載は、まとめられたページの中から、「どれにしようかな」と決めて、アップロードすれば終わり。簡単なのだ。
ということで、今週は、更新遅延する。予定。
2000/11/07/23:54
玄松子
とか書きながら、いきなり更新してしまった。節操がないぞ。
実は、伊太祁曽神社は、お世話になっている神奈備サイトに無茶詳しいので、手を抜いてしまったのだ。
2000/11/09/21:34
玄松子
「衝動」とは恐ろしい。
和歌山の整理も未だ完了していないのに、突然、諏訪へ行きたくなった。
いや、実は突然ではないのだ。
加門七海の『呪の血脈』を読んで以来、行きたいと思っていた。
ということで、勤労感謝の日から四日間。航空券・宿・レンタカーを確保してしまった。
2000/11/08/23:01
玄松子
住吉大社と和歌山の式内巡りに行って来た。
今、帰宅したので、これから写真や御朱印の整理をしなければ。
ぼちぼちアップしていくつもりだが、五月連休の参拝神社がまだまだ残っているのだ。
2000/11/06/17:46
こいっち
おかえりなさいませー
ちょっと聞くだけでもハードすぎる行程ですよね
やっと帰宅しても、その後の整理があるんですね
いろいろと大変でしたけど稔りある旅でしたようなので、その後のUPを期待してますよ!
お疲れ様でした
2000/11/07/15:34
玄松子
ありがとうございます。因みに「十牛図・得牛」ですね。修行中の方にはピッタリですね。
>ハードすぎる行程ですよね
移動が多いのは大変ですね。でも、新潟よりは楽だったかも。新潟では雪の山道を歩いて神社探しをしたんですが、ぜんぜん違う方向だった、というのもありましたから、今回は歩きは少なかったですね。
住吉では曇天だったため、社殿の朱がうまく撮れなかったんですよね。少し加工しなきゃいけないかもしれないので、後にまわすかも。
2000/11/07/20:41
玄松子
「和歌山神社巡り」。
みなさんからの情報をもとに、50社をリストアップして出発したが、結局35社。福岡からの移動があるので、実質3日間、つまり1日12社程度だ。
玉置は遠かった。朝4時30分に和歌山市のホテルを出て、本宮に7時着。意外に早いと思ったが、串本からの帰りは倍かかった。
期待していた紅葉は未だだった。残念。
2000/11/07/08:08
はじめまして!
真宮寺まーと
はじめまして、玄松子さんのHPを見て
一ヶ月に一度の神社参拝をしてみようと思った
真宮寺まーと と申します。よろしくおねがいします。
さっそく、今日その一ヶ月に一度の参拝をしに加茂別雷神社と加茂御祖神社に行ってきました。
加茂恩祖神社に行きましたときに、
御朱印を押していただきました。
その時に神職の方に
「この御神紋も加茂葵なのですか?」
と、お聞きしたところ
「これは双葉葵だよ」
と言われてしまいました・・・・・
玄松士さんのHPではどちらも加茂葵となっていますがどっちなのでしょうか?教えてくださいませ。
稚拙な文章でごめんなさい。
2000/11/04/23:48
玄松子
和歌山へ行っていたのでレスが遅くなりました。
>「これは双葉葵だよ」
正式名、あるいは分類上は「双葉葵」「二重葵」といいます。
ただ、賀茂社が使用している紋として、通称は「賀茂葵」となります。
その神職の方が、どういう意味でそう云ったのか分りませんが、
自社の名称を使用しない点を、奥ゆかしさととるのがよろしいのではないでしょうか。
>一ヶ月に一度の神社参拝をしてみようと思った
年に十二社ですね。迷いませんか?
2000/11/06/17:43
真宮寺まーと
玄松子さん、レスありがとうございました。感激です。
加茂葵、納得いたしました。
これからも、一ヶ月に一度気がついた疑問をぶつけさせていただきます(^^;
ところで、京都の古書店組合?が一堂に会する「秋の古本まつり」(知恩寺)に行ってきました。神社の知識を高めようと本を探してみましたがなかなか無い・・・・古書はかなりあるみたいですが、文学、京都史、京美術、宗教(仏教、キリスト教のみ)ばかりで、なかなか神社の本というのは見つからないものです・・・・・。玄松子さんは相当な努力をして本を探されたんでしょうね、参考文献のとろを見させていただくと相当な数ありますね・・・・・すごいとしか言いようがないです(^^;
十二社迷いますね(^^;
石清水八幡宮→加茂別雷→加茂御祖
まで行きました。次はどこへ行こうか
玄松子さんのHPを見てゆっくり考えようかとおもっています。
2000/11/06/22:01
玄松子
>玄松子さんは相当な努力をして本を探されたんでしょうね、
そうですねぇ。最初の頃は出張のたびに神田をうろついていましたが、最近は、ネットで通販です。
Link
ここで、検索してます。
>石清水八幡宮→加茂別雷→加茂御祖
この順だと、二十二社巡りが良いと思いますよ。
2000/11/06/22:48