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高御祖神社
たかみおやじんじゃ
長崎県壱岐市芦辺町諸吉仲触81  Zenrin Data Com Maps display !!


十六菊

式内社 壹岐嶋壹岐郡 高御祖神社
旧村社

御祭神
高皇産霊神 伊弉諾尊 伊弉册尊
相殿
天日神命天照皇大神天月神命月讀大神

壱岐の東側、印通寺から芦辺町役場へ通じる道(23号線)の途中。
印通寺から北上すると道路の左(西側)に鎮座している。

参拝時は、拝殿の工事を行っていたようで、
拝殿横には作業の方々と宮司がおられた。
宮司の話では、兵主神社との兼務ということ。

創祀年代は不詳。

延宝の式社査定以前は、熊野権現、熊野三所権現と称しており、
熊本という地に鎮座していた。
『特撰神名牒』によれば、紀州田辺の熊野権現を勧請したもので、
田部権現とも称していたようだ。

それが、どうして式内・高御祖神社とされたのか。
箱崎八幡宮に同所別座で祀られていた高御祖神社の社号を
この熊野権現に付けたため、式内社と解されたようだ。


道路沿いに鎮座

鳥居

社殿

社殿

境内社

本殿

高御祖神社
一、御祭神
高皇産霊大神(何事にも其の本と坐ます大神)
伊邪那岐大神
伊邪那美大神
(夫婦和合。縁結。子孫繁栄の神。安産の神)
相殿天日神命天照皇大神
天月神命月讀大神
一、御由緒
當社は棚恵熊野三所大権現と奉称し社なり。延宝年中に高御祖神社と改め らる。(一千年以上の社なり)嵯峨天皇弘仁二年延喜式巻十神名帳に、壱岐國壱 岐郡高御祖神社と所載あり。壱岐國式内大社なり。一村一社で諸吉総氏神である。
最初は今の村甲の地熊本山に鎮座ありしを中葉今の社地に移し奉る。
寛永廿年十一月宝殿再建あり國主鎮信朝臣なり。
同寛文八年十一月拝殿再建  鎮信朝臣
天保八年八月拝殿再建源熙朝臣なり。  再建毎度白銀五枚國主より 奉納し給う。旧例なり毎歳九月十四日宵大神楽十五日國司代参奉幣儀式 ありて中原に神幸浮殿に浦相撲田楽流鏑馬等催し畢て還幸なし奉る。 大正十四年一月神饌幣帛料供進神社に指定せらる。
大祭日 諸吉郷中より亦芦辺浦より壱岐最大の御幟御神幸あり芦辺 囃子奉納あり。
例大祭日 旧九月十四日宵大神神楽
十五日大祭神幸祭

−境内案内−



【 高御祖神社(印刷用ページ) 】

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