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鳥屋比古神社
とりやひこじんじゃ
石川県鹿島郡中能登町春木ナ87
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式内社 能登國能登郡 鳥屋比古神社 |
能登半島の中能登町にある。
能登二宮駅の北西2Kmほどの春木に鎮座。
参道入口の鳥居から、200mほどの参道を歩くと、
境内入口の階段があり、階段右手に、案内の石碑が立つ。
階段を上ると境内。
正面に社殿があり、境内右手に境内社が二つ。
右に招魂社、少し奥に度会社。
参拝時は夕方で、東向きの社殿は逆光になって苦労した。
木陰に入って、木の葉で太陽を隠すように撮影。
創祀年代は不詳。
社伝によると、崇神天皇の御宇の創立。
祭神・鳥屋比古神は、
往古、竹津浦、鹿島路の湖水に棲息していた毒蛇を退治した神。
蛇を退治した鳥の化身なのだろうか。
とすると、孔雀明王と似た神、あるいは孔雀明王そのものかもしれない。
能登一宮の気多大社の伝承では、
能登へ渡ってきた大己貴命は、化鳥と大蛇を退治して能登を平定したとある。
大己貴命が来る以前は、能登は、鳥と蛇が争っていた土地なのかもしれない。
社殿の後方に、祭神が退治した毒蛇を埋めた鳥屋塚がある。
文化三年の由来書上帳に、
塚のに大きな桜の木があるといい、
祭神・鳥屋比古神の神詠は、
「我やとす 千本の桜花さけは 植にし人の身も栄ひなん」
というものだそうだ。
当社は、六所宮、六所明神とも称され、
六柱の神々を相殿に祀っている。
社前の案内石碑に、桜の紋が刻印されていた。
祭神の神詠によるものだろうか。
ひょっとしたら、鎮座地の春木も?
案内では、社殿後方に鳥屋塚があるということだが、
草木に覆われてよく分からなかった。
ずっと後方にあるのかもしれない。
参道の大鳥居 | 境内入口 | 拝殿の扁額 |
境内 |
社殿 | 社殿 |
鳥屋比古神社御由緒
創立の年代を詳かにしな
いが、社伝によれば崇神天
皇の御宇鎮祭せられたもの
という。祭神鳥屋比古神は国土平 定開発の祖神と仰がれる大 神で、往昔、竹津浦鹿島路 の湖水に荒ぶる毒蛇が棲息 して人民に害毒を及ぼした 時これを平定し、その射給 うた矢の落ちたところを羽 坂と称するに至ったという。 而して、社殿後方の鳥屋 塚こそは、この蛇身等を埋 めたものだと伝えれいる。 醍醐天皇延喜の制、小社 に列して祈年の国幣に預っ た名社である。 古来、十三ヶ村の惣社と して地方広範囲にわたる崇 敬を集め、中世に畠山氏の 尊崇篤く、社領二百六十石 の寄進を受けた。 また、本社は古えより六 所大明神と称せられ、六神 奉祀するに至った。 −社前案内石碑− |
【 鳥屋比古神社 (中能登町)(印刷用ページ) 】