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大井神社
おおいじんじゃ
京都府京都市右京区嵯峨天龍寺造路町36  Zenrin Data Com Maps display !!

式内社 山城國乙訓郡 大井神社
旧村社

御祭神
宇賀霊神

阪急嵐山駅から、渡月橋を渡ってスグ。
鳥居の前では、人力車が客引きをしている。

レンタサイクル置き場を奥へ進むと、赤い鳥居。

式内社・大井神社の論社で、
境内の案内板には、式内社の文字があるが、
ただし『式内社調査報告』では、否定されている。

社殿は野宮神社からの移築とある。
左脇には、小さな末社。祭神は未詳。


境内

境内案内

社殿

社殿

延喜式内社 大井神社
御祭神 宇賀霊神(うがみたまがみ)
 大堰川の守り神、また商売繁盛の神として 古来住民の信仰が厚い。また、秦氏や角倉了以の 信仰も厚いものがあった。
 創立年月日は未詳であるが、延喜式神名帳 (九二七年)や「三代実録」貞観十八年(八七六年) 七月二十一日条(山代大堰神、並従五位下)に 記載がある。おそらくは秦氏の葛野大堰造営 (八世紀初頃)と密接な関係があろう。
 明治十年三月二十六日に村社に列格され 今日に至っている。現在の社殿は野宮神社の 旧社殿を移築したものである。

−境内案内より−

未詳社。参考のため、『神社覈録』の一文を記しておく。
 山城志に、在沓掛村、今稱千兒明神と云ふ。然 れども他書にかくいへるものなく、もとより地名なるべきに、此邊に大井てふ名の殘れる所もなければ、今從はず。
 按るに、こは葛野郡松尾神社の末社攝堰神を祭れ るより、堰神は今も大井社と称して、即ち大井川の北臨川寺の西に在す。 その號を稱したるにて、 當郡の地名にはあらざるべし、故に廢れたるならむ。

−『式内社調査報告』−



【 大井神社(印刷用ページ) 】

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