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官幣社 ・ 國幣社
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『玄松子のメモ』
  • 社格とは神社の等級・格式を表したものであるが、戦後社格の制度は廃止された。
  • まず、公的に幣帛を受ける神社を官社、そうでないものを非官社と呼ばれていたが、明治以後は非官社を諸社(民社)と呼んだ。
  • 官社には、官幣社と国幣社とがある。以下に示す性質上の違いはあるが待遇は同等である。
  • 明治維新までは延喜の制を継承し、神祇官から幣帛を受ける神社を官幣社、国司(地方官)から受ける神社を国幣社と呼んだ。
  • 明治以後は、宮内省から幣帛を受ける神社を官幣社、国庫から受ける神社を国幣社と呼ぶようになったが、基本的には延喜の制に変わらない。
  • 官幣社には、皇室の崇敬を受けた神社、あるいは天皇・皇室を御祭神とする神社が選ばれている。
  • 国幣社には、地方との関係に重きを置いている神社が選ばれた。
  • 官幣社、国幣社にあっては、大社、中社、小社の序列が存在した。
  • 明治五年四月、別に別格官幣社が新設された。これは官社として祭祀されるべき神社ではあるが比較的新しいもの。
  • 諸社とは、府県社・郷社・村社・無格社と区別されていた。府県社・郷社の幣帛料は都道府県が、村社の幣帛料は市町村から供進された。
 近代社格制度。明治政府によって定められた神社 の格に関する制度。 維新政府は成立 以来神社の全国的掌握や神社調査を 進めてきたが、その調査が一段落し たので明治四年(一八七一)五月十 四日には、近代社格制度の基礎とな った太政官布告「官社以下定額・神 官職制等規則」を公布、 神社の格を 大きく官社と諸社に分類し、官社と して九十七社を列格した。官社には 官幣の大中小社、国幣の大中小社が あり、官幣社は神祇官が、国幣社は 地方官が祭るものとされ、それぞれ 神祇官の所管とされた。「官幣」「国 幣」の名称は『延喜式』の社格を踏 襲したものである。 また諸社には府 社、藩社、県社および郷社が置かれ たが、藩社は同年七月十四日の廃藩 置県によって藩が消滅したために、 実際に藩社に列格された神社はなか った。
 当初官社として列格されたのは九 十七社で、(中略)この後、官幣・国幣の大中小 社のいずれにも分類できない神社と して別格官幣社の制度が導入された。
 (中略)また郷社の下に村社設けられたが、これは四年七月四日の 「郷社定則」で郷社の附属として設 けられたもので、同年五月の太政官 布告ではいまだ存在していない社格 であった。このように近代の社格制 度は四年五月の太政官布告でその基 礎が成立したのであるが、この時点 ではなお流動的であり、その後神社 調査の進展によって続々と官社や府 県社、郷社に列格、あるいは昇格さ れる神社が増加し、敗戦時には約二 百二十余りの神社が官社に列格された。

−『神道事典』−

出典:
『官國幣社例祭之由来と神紋』
神社辞典
『神國日本 神まうで』
『日本統治下の海外神社』


最終更新日:2013/10/09
【 旧社格 官幣社 国幣社 】

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