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式内社 美濃國不破郡 仲山金山彦神社 名神大 美濃國一宮 旧國幣大社 御祭神 金山彦命 配祀 見野命 彦火火出見命 金山彦命 御野命 彦火々出見命 罔象女命 埴山媛命 『美濃明細記』『美濃国式内神社祭神記』 (罔象女命 埴山媛命 を秘神としている) 金山彦命 『特選神名帳』 美濃国総社 境内社 数立神社 塩土老翁 あるいは 猿田彦命 |
岐阜県不破郡垂井町にある。
垂井駅の南西1Kmほどの場所。
琵琶湖を目指して運転中、高速が渋滞していたので、
下の道を走っている時、地図を見ていたら、
近かったので、寄ってみた。
さすがに、美濃国一宮。参拝客も多く、
境内は無茶苦茶広いし、アチコチに社殿や石碑が点在していて、
時間の経過を忘れてしまう。
21号線から、当社へ向かう道、JRの高架を越えたところに、
南宮山(中山、419m)を背景にした、大鳥居がある。
南宮山の北東麓に鎮座しているので、
鳥居の背後にあるのが、多分、南宮山だろう。
境内に入ると、楼門。その正面には舞殿。
朱の社殿が美しい神社。
上の写真は、横の門から撮影したもの。
創建年代は不詳。
社伝によれば、神武天皇即位の後、この地に祀り、
八咫烏を配祀して、東山道の要路を鎮めたもの。
その後、崇神天皇5年11月南宮山山上へ、その後現在地に遷座し、
国府の南、あるいは古宮の南であったため、南宮という。
古宮の場所は、現在、当社御旅所である南宮御旅神社と考えられている。
ちなみに、信濃の諏訪大社、伊賀の敢国神社、摂津の廣田神社も
南宮と呼ばれることがある。
また、天武天皇元年6月、野上の行宮に坐した頃、
当社へ戦勝祈願を行い、即位後、野上の宮殿を当社へ送ったという。
朱の社殿は、寛永19年徳川家光の再建。
当初、21年毎に式年遷宮が行われていたが、
応永年間からは51年毎。最近では昭和47年に行われた。
神紋は、現在は菊紋を使用しているが、昔は三つ巴。
境内の荒魂社などには、三つ巴の幕。
また、本殿の側面にも三つ巴が付いていた。
境内入口の側、駐車場の脇に数立神社がある。
旧称を惣社といい、美濃国総社とする説もある。