大土御祖神社
『大神宮儀式解』は「大國玉命は於保玖爾多萬乃美
許等とよむべし」として其国々を作りし功ある神を其国魂
と云ふやうに、皆其神の霊によりて国が成るのであると述
べてゐる。「水佐々良比古命は美豆佐散良毘許乃美己等と
よむべし。水が瑞の借字にて美称なり。佐々良は天上に佐
々良の小野あり。これに因し御名歟。すべて小を佐々良と
いふ。月をほめて佐々良衣乎等古小愛壮士なりといふ。これ稚き
をいふなれば美称にや。比古は男の称なり。比女は女の称
なり。此二神は夫婦なるべし」と考察している。『神宮典
略』も「大は美称、國は地と同じく此土地の御霊の神なる
べし。俗云地主の神なりされば此地に功徳ましし神なり(中略)水は瑞
の意にて瑞垣などの如くみづみづしき意の美称なるべし。
又佐々良は地名か」と考へ(略)
−『式内社調査報告』−
宇治乃奴鬼神社
大水上神の御子。灌漑用水の守護神。
−『伊勢の神宮百二十五社めぐり巡拝地図』−
国津御祖神社
大土御祖ノ社地ノ内ニ坐ス祭ル神ハ國生ノ神ノ兒宇治
比賣命、田村比賣命ナリ、或説ニ宇治ハ内ト同シクシ
テ中央土ナリ、埴安姫ノ事ニシテ土地ノ神ナル故ニ素
戔嗚ノ御子ナリ、亦田村比賣ハ猿田彦命ノ陰霊ヲ姫神
トス、讃岐國田村神社ヲ祠宮傳テ猿田彦トス日本紀ニ
狹長田五十鈴ノ川上ニ到ントノ事思ヒ合スヘシトナリ、
按ルニ近世音ヲ堅横ニ通ハセ二字三字ヲ一字ニ反シ、
或ハ方角ニ合セ五行ニ當ル、共ニ以テ疑シ學者ノ罪甚
シ國生ノ神ヲ一偏ニ素戔嗚尊亦保食神ト思フカユエニ
宇治ヲ内ト云ヒ中央ノ土ニ是ヲ當テ埴安姫ト云ナルヘ
シ(中略)宇治ノ地ニテ國府ノ神ト云ハ大田命ナトニテ
其娘宇治姫ト見テ其理近シ、大田命ノ胤ヲ今モ宇治土
公トハ云ヘリ田村姫モ宇治姫ニ親シキ神ナルヘシ云云
−『式内社調査報告』−
葦立弖神社
宇治都比女命の御子。この地方の産土神と伝えられる。
−『伊勢の神宮百二十五社めぐり巡拝地図』−
神宮神田
月読宮の東方一キロメートル、楠部町の五十鈴川橋
を渡って坂を下ると右手に、堤にかこまれた神宮の神田がみえ
る。広さは九九、三〇七平方メートルで作付面積は約三万平方
メートルである。神田の起源は古く、倭姫命がお定めになった
と伝えられ、大御刀代(おおみとしろ)または御常供田(みじょうくでん)といわれていた。この神
田で神宮にて一年間に行われるお祭のご料の粳米や糯米(もち
米)が、五十鈴川の水をひき入れて、地元青年男女の奉仕のも
とに清浄に作られている。その年にとれたお初穂の新米は、神
宮神嘗祭に、まず大御神にたてまつられるのである。
この神田の中央に祭場の石原があって、神田祭が古式ゆかし
く行われている。
−『お伊勢まいり』−
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