HOME [HOME]  >  [神社記憶]  >  [東海地方]  >
メニューを消去する。ページを印刷するために。 印刷用ページ


部田神社
へだじんじゃ
[伊豆箱根旅行] 静岡県沼津市戸田1585  Zenrin Data Com Maps display !!


五七の桐

式内社 伊豆國那賀郡 部多神社
旧郷社

御祭神
大國主命

静岡県沼津市にある。
伊豆半島の北西部にある戸田港から、
東へ500mほどの戸田(へだ)に鎮座。
18号線から少し南へ入った場所に、西向きに境内がある。

参道の横は、ゲートボール場のような広場になっており
参道の途中に、石の鳥居が建っている。
鳥居をくぐり、参道を進むと
まさしく鎮守の森、という感じの社域の森。

古木・巨木が数本聳えた森の中に、赤い社殿が鎮座。
拝殿は、緑青の浮いた銅葺・入母屋造で、
後方の本殿は、赤い覆屋の中。
資料によると、内部の本殿は檜皮葺・欅の流造らしい。

社殿の後方に、神木らしき古木があるのだが
二股に分かれたものや、こぶ付のクスが面白い。
が、夜、一人で来ると、ちょっと怖いかも。

僕は参拝中、ずっと「ぶた」だと思っていたが、
当社の社号は「へだ」と読む。
鎮座地の戸田(へだ)と同じだ。

創祀年代は不詳。

式内社・部多神社に比定されている古社で
伊豆国神階帳に「従四位上 へたの明神」と記されている神社。

戸田村鎮座のため、戸田明神とも称されたが
江戸時代末期には、三島明神とも呼ばれたらしい。

天正二十年(1592)九月、社殿が再建され、
明治六年八月、郷社に列した。

当時は、延喜式記載の「部多」という社号だったようだが、
いつの頃か「部田」の文字が使用されるようになったようだ。

拝殿の屋根に、桐紋が付けられていた。
伊豆には、桐紋をつけている神社が多いので
当社の神紋かどうかは未確認。
神紋が記載されている『神社名鑑』には、
当社の神紋の記載はない。

案内によると、境内社は三社とある。
まず、社殿右手に龍田神宮・大神宮の合祀社。
社殿左手には、八衢神社・日枝神社・八幡宮合祀社。
境内右手には、戸田村忠魂社。

案内には、厩戸神社の名が記されているが、
記憶にも写真にも残っていない。
ひょっとすると、忠魂社と合祀なのか、見落としたのか。


参道

鳥居

社頭

境内

八衢神社・日枝神社・八幡宮

龍田神宮・大神宮

社殿

社殿

戸田村忠魂社

こぶ付大クス

部田神社
祭神大國主命
例祭日十月九日
由緒  当社の創建は古く、延喜式神名帳 (九二七)伊豆国那賀郡二十二座の内、部多 神社にて伊豆国神階帳(一三四三)従四位 上へだの明神に座すと云う。
古来西伊豆地方の総鎮守とし近隣 の尊崇厚く氏神社とし農、漁、商工業 の守護神、福の神とし崇敬あつい。
境内には千数百年経た神木、鬱蒼 とし南隣の妙法蓮華寺は、往古当社 の別当なるべしと伝へられる。
天正二十年(一五九〇)九月再建明治六年 八月郷社に列す。
境内四百二十四坪
境内社三社、日枝神社 熊野櫲樟日命  八衢神社-猿田比古命 八幡宮-應神天皇
相殿二社 大神宮-大日孁貴命  龍田神宮 級長戸邊命 級長津彦命 厩戸神社- 聖徳太子 忠魂社


−社頭案内板−



最終更新日:2013/10/09
【 部田神社 (戸田) 】

ボーダー




東海地方
japanmap
全国 北海道・東北地方 関東地方 甲信越地方 北陸地方 東海地方 関西地方 中国地方 四国地方 九州・沖縄地方

伊東市
伊豆の国市
伊豆市
下田市
賀茂郡 河津町
賀茂郡 松崎町
賀茂郡 西伊豆町
賀茂郡 東伊豆町
賀茂郡 南伊豆町
掛川市
湖西市
三島市
周智郡 森町
駿東郡 清水町
駿東郡 長泉町
沼津市
焼津市
榛原郡 吉田町
静岡市 葵区
静岡市 駿河区
静岡市 清水区
田方郡 函南町
島田市
藤枝市
熱海市
磐田市
浜松市 中区
浜松市 西区
浜松市 北区
浜松市 天竜区
富士宮市
富士市
牧之原市

安八郡 安八町
安八郡 神戸町
安八郡 輪之内町
羽島市
加茂郡 東白川村
加茂郡 白川町
岐阜市
恵那市
高山市
大垣市
中津川市
飛騨市
不破郡 垂井町
揖斐郡 大野町
揖斐郡 池田町
揖斐郡 揖斐川町
養老郡 養老町

伊賀市
伊勢市
桑名市
志摩市
松阪市
多気郡 多気町
多気郡 大台町
多気郡 明和町
鳥羽市
津市
度会郡 玉城町
度会郡 大紀町
度会郡 度会町
名張市
鈴鹿市