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式内社 尾張國知多郡 阿久比神社 旧郷社 御祭神 開囓神 合祀 猿田彦大神 天津彦命 瓊瓊杵尊 合祀 八幡大神 田心姫命 湍津姫命 市杵島姫命 合祀 英比丸命 |
知多半島の付根部分中央部の、愛知県阿久比町にある。
名鉄河和線阿久比駅の西100mの場所に鎮座。
境内は南向き。
鳥居をくぐると正面に拝殿、後方に流造の本殿がある。
一説には、成務天皇元年元日、白髪・白鬚の仙人が出現し、
五穀成就のため、阿久比の神を祀るように告げ、
阿久比郷の始祖・阿佐比古が祀ったのが初め。
社伝によれば、顕宗天皇二年正月元日の創建。
延喜二十年、菅原道真公の孫、英比麿によって社殿が造営された。
祭神は、開囓(アキクヒ)神。
この神は『日本書紀』では、
伊弉諾神が黄泉国からの脱出の時に投げた褌から生まれた神。
ただし、『古事記』では、黄泉国脱出後の禊祓の時に、
冠から生まれた神が、飽咋之宇斯能神(アキグヒノウシノカミ)。
いずれにしろ、伊弉諾神の分身の一つなのだ。
本殿の左側には、御霊神社。
右側には四つの境内社(秋葉・八幡・多賀・松尾)が並んでいる。
社殿の屋根に、桐の紋が付いていたが、神紋かどうかは不明。
当社と榊との結びつきは古く、『社記』にも
天徳3年(959)、神社の森に相応しい榊を植えて祀ったとあり、
境内の一角に、祓所として、榊の一株が祀られている。
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阿久比神社
阿久比神社は、延長5年(927)『延喜式第九』神名帳に知多三座の一つとして記さ
れ、貞治3年(1364)『尾張国神名帳』には「従二位上英比天神」と記されている。社伝によれば、第23代顕宗天皇2年に「開囓神」を祭り、創建されたと言われ、大化 4年(648)に「猿田彦大神・天津彦命・瓊瓊杵尊」を合祀した。その後、天平神護元 年(765)「八幡大神・田心姫命・湍津姫命・市杵島姫命」を合祀した。 延喜20年(920)英比丸(麿)が社殿を造営し、60間四方の社地を寄進した。没 後、天徳3年(959)「英比丸命」として合祀された。長暦4年(1040)に拝殿が 建立された。拝殿は幾度かの改築を繰り返し、平成9年度に現在の拝殿が完成された。 阿久比神社は、俗称、尾張知多郡の「一宮」と呼ばれているが、これは式内社として知 多三座の初めにあげられているからである。明治9年(1876)に「郷社」、明治40 年(1907)10月に「神饌幣帛料供進指定神社」となった。 −社前案内板− |
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