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式内社 伊勢國度會郡 坂手國生神社 皇大神宮摂社 高水上神(大水神の子) |
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延暦の儀式帳の撰進時には坂手社と
して存し、『倭姫命世記』の著されたころには倭姫命の行
幸の際に定められたとの所傳が存してゐたが、近世初期に
はその所在は失われてゐたと考へられる。しかし、寛文三
年に行はれた諸摂社の再興の際当社もその対象となり、復
興のための調査が行はれたが、「数多」の土地が候補とし
てあげられたものの、「神書」と合致する場所はなく、た
だ上田邊村の乾方五六町の地点が方位ともに期待したとこ
ろと一致し、ここに社地が定められたことがわかる。
−『式内社調査報告』− |