|
旧村社 御祭神 天兒屋根命 合祀 應神天皇 木之久々能智神 名山主眞劍荒魂 建速須佐之男命 合祀 少毘古那命 木花咲夜比女命 速玉之男命 倉稻魂命 合祀 熊野八荘司之後裔木村長佐三左衛門 大山祇命 息長足姫命 合祀 撞賢木厳之御魂天疎向津姫命 合祀 式内社 伊賀國山田郡 葦神社 木生神社 木生権現 |
三重県伊賀市にある。
伊賀上野駅の西4Kmほどの西山に鎮座。
北の山を越えると滋賀県という場所。
道路に南面した参道入口があり、階段の上に鳥居。
100mほどの参道を歩くと、境内の入口。
境内に入り階段をのぼると、正面に社殿がある。
社殿の後方に、少し離れて一段高く拝殿。
拝殿の後方に、垣に囲まれて春日造の本殿がある。
参拝は、天気の良い晩秋の11月。
境内には紅葉が残って、しっとりとした雰囲気だった。
平安末期以来、南都春日社の節供料所であった西山庄に、
久安五年(1149)、春日大社第三殿の御祭神、
天児屋根尊をこの西山の里に奉遷したのが創祀。
その後、室町時代の弘治三年(1557)に
木生山麓に遷座。
明治になり、木生神社等を合祀。
木生神社は、宣化天皇の御代の創建といい、
出口延経の『神名帳考證』などでは、
式内・葦神社であるとしているが、
確証があるわけではないようだ。
神紋は、春日神社の紋・下がり藤。
道路の入口からは、
これほど奥行きがある神社であることが分からないだろう。
落ち着いた、社殿の佇まいも意外な印象だ。
|
西山春日神社(かすがじんじゃ)
【由緒】 伊賀国阿山郡西山庄(現上野市西山)は、
平安末期以来、南都春日社の節供料所であった。藤
原守衛書記する天和三年(一六八三)の「春日大明
神縁起」(『神道大系』伊賀国所収)によると、その
前半、春日四所大神の御笠山御鎮座の次第に続いて、
平安末期の久安三年(一一四七)正月七日、当西山
庄より南都春日社の節供祭に御神供を備進、以来永
くそれは明治維新まで続けられた。その故実にもと
づき大正十二年、当社から奈良の春日神社に玄米一
俵を奉納している。このような史実の故をもって、早く久安五年(一 一四九)、春日社第三殿の御祭神、天児屋根尊をこ の西山の里に奉遷したのが当社の起りである。 その後、鎌倉初期の文暦元年(一二三四)社殿焼 失、文和二年(一三五三)再興されたが、室町時代の弘治三年(一五五七)に木生山麓に移転鎮座された。 今の本殿は江戸中期、延享二年(一七四五)の造営にかかるものである。 明治四年、村社に列せられ、同四十年には境内社八幡神社並びに木生神社以下十五社を合祀して境内地が整備された。 大正三年、神饌幣帛料供進社に指定、今日に至る。 −『平成祭データ』より抜粋− |