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式内社 志摩國答志郡 粟嶋坐伊射波神社2座 並大 志摩國一宮 伊射波大明神 同社域鎮座 加夫良古大明神(無社殿石躰也) |
加布良古神社ともいう。
鳥羽駅から東の安楽島町にある。
安楽島町の突き当たりにある満留山神社から1.3Kmの小道を歩く。
車は入れないので、汗まみれになって歩くと、海岸線に出る。
そこに鳥居と石柱があり、そこから参道の階段を上る。
不便極まりなく、まわりに人家もなく、少し不気味な印象。
本当に一宮なんだろうか、と不安になる。
社殿に花菱の紋がついていたが、神紋かどうかは不明。
参拝を終え、車を置いている満留山神社の辺りまで戻ってくると、
年配の御夫婦に、当社への道を聞かれた。
ここに来る前に参拝した伊雑宮の社務所でお会いした方々。
夫婦で神社巡りをしているのだろう。
道沿いに当社までの案内図があったので、それを示し、
「ちょっと遠いですよ。往復で3Km程歩きます。」と教えると、
行くか戻るか、悩んでいる様子だった。
その後、参拝されたのだろうか。
「近いですよ。」と言っておけば良かったかな。
小山の上にある境内は、静かで、少し怖い。
境内に、「石」に祀られた加夫良古大明神があるということだが、
社殿の左に、祀られた石があった。これか?
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中川経雅の『大神宮儀式解』(安永四年)に見える。彼は「或人」の説として、
「志摩國粟嶋坐伊射波神社二座ハ、伊雑宮の事ならず、
下に見ゆる(『皇大神宮儀式帳』未入官帳社條の)荒前神社にて、
志摩國安楽嶋訓阿良志摩の崎なる加夫良古明神なり。
延喜式奏上の時、伊雑宮は大神宮宮司注進して大神宮式の中に収め、
安楽嶋なる神社は國司注進して志摩國粟嶋坐伊射波神社とし、神名帳に収むるなり。
今の世まで志摩國一宮といふは加布良古明神なり。」
と引用したうへで、「粟嶋、安楽嶋、語相近く、その地勢も合へば然も有なん歟」とし、
「當社坐す村を安楽嶋といふも、もと荒前村なるべし」と推定してゐる。
−『式内社調査報告』− |