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津田神社
つだじんじゃ
[三重旅行] 三重県多気郡多気町井内林159−1  Zenrin Data Com Maps display !!


左三巴

式内社 伊勢國多氣郡 林神社
旧村社

御祭神
木俣神
合祀
天之忍穗耳命 天津彦根命 熊野久須比命 天之菩卑能命
活津日子根命 多紀理毘賣命 市寸島姫命 田岐都比賣命
久々野智命 大山祇命 蛭子命 大物主命 木花開耶姫命
譽田別尊 天兒屋根命 火之迦具土命 天照皇大神 猿田彦命
八衢比古命 八衢比賣命 久那斗命 津速素盞鳴命
木ノ國熊野三所明神 菅原道眞公 火産靈命 春日大神
不詳四座

合祀 式内社 伊勢國多氣郡 櫃倉神社

三重県の多気町にある。
紀勢本線・相可駅の西3Kmほどの井内林に鎮座。
421号線から北へ入った場所。小学校の北側にあり、櫛田川の南側に南向きの境内がある。

参道入口も南向き。
社前から境内の大きな御神木が見える。
参道を進むと境内入口の鳥居。鳥居の左手に「津田神社」と刻まれた社号標。
鳥居の右手には「伊勢白龍大明神」を祀った石碑が立っている。

鳥居をくぐると右手に、境内の外からも見えた、樹高35mの大きな御神木。
鳥居の正面に拝殿があり、拝殿の後方、瑞垣の中に神明造の本殿がある。

鳥居から右手に行くと、境内の南東隅に「禁殺生」「林神社」と刻まれた石柱があり、
境内の左手(西側)には「橿原神宮遥拝所」の石柱が立っている。

創祀年代は不詳。
上記のように旧名を林神社と称し、式内社・林神社に比定されている古社で、
延喜斎宮式によると、斎宮の祈年祭、新嘗祭に預かり、
絹・木綿・麻・楯などが座別祭料として供進された神社であったが、
文政元年十一月、火災により古記録を焼失したらしい。

明治三十九年に明細帳によると、享保年間、和歌山藩より「禁殺生」の棒石が建設され、
社域の四隅に「林神社」と記した石が建てられたとある。

参拝当時、このことを知らなかったので、僕は南東隅の石柱しか確認していないが、
今でも四隅にあるのだろうか。

また、当社そばの光徳寺に当社の本地仏である薬師があったらしい。
現在もあるかどうかは、残念ながら未確認。

明治六年三月、村社に列し、
明治四十一年二月十一日、村内四十社を合祀して津田神社と改称した。
『三重県神社誌』によると「村名を以て」とあるので、当地は明治期には津田村と呼ばれていたのかも。

式内社・櫃倉神社について、『伊勢式内神社撿録』には
櫛田川の南岸、鍬形村の天神社が論社として挙げられているらしい。
鍬形村には、村社・八雲八柱神社、無格社・鍬山神社、無格社・菅原神社があったが、
この菅原神社が天神社のこと、つまり櫃倉神社だったと考えられている。
この三社は、明治四十一年一月十七日に合祀されて櫃倉神社と改称し、
さらに、明治四十一年二月当社・津田神社に合祀されたらしい。

なお、同時期に合祀された津留八柱神社は昭和三十一年に、
四疋田八柱神社は昭和三十三年三月に分祀独立しているらしい。

拝殿内の中門の扉や、本殿の屋根に三巴紋の金の装飾が付けられており、
『三重県神社誌』には当社の神紋は「左三巴」と記されている。


社頭

参道入口

参道鳥居

境内隅に「林神社」社号標

境内入口

伊勢白龍大明神

境内

拝殿

本殿

御神木

拝殿内の中門

橿原神宮遥拝所

境内


最終更新日:2014/06/27
【 津田神社 (多気町) 】

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