HOME [HOME]  >  [神社記憶]  >  [東海地方]  >
メニューを消去する。ページを印刷するために。 印刷用ページ


恵那神社
えなじんじゃ
[岐阜旅行] 岐阜県中津川市中津川字正ヶ根3786−1  Zenrin Data Com Maps display !!


三つ巴

式内社 美濃國惠奈郡 惠奈神社
旧県社

御祭神
伊弉諾命 伊弉册命
配祀
天照皇大神 豊受大神 一言主命
木花開耶姫命 速玉男命 天目一箇命 猿田彦命

岐阜県中津川市にある。
中津川駅の南西10Kmほどの正ヶ根に鎮座。
363号線から東へ登った場所。
長野との県境に聳える美濃国第一の高山霊峰恵那山(2190m)の西山麓に境内がある。

恵那山山頂に本社(奥宮)があり、山麓のこの地に前社(前宮)が鎮座。
山頂付近、参道に沿って六つの摂社も祀られているらしい。
山頂本社が二十合目にあり、最初の摂社が十九合目なので少し離れて点在しているようだ。

参拝は晩秋、11月の終り頃。
363号線から当社を目指して車を走らせていると
車道の脇に猿が座っていた。野生動物が山から下りてくる、そんな場所。


恵那山

境内入口は東向きだけど、鳥居をくぐるとすぐに右手(北)に参道を曲がる。
階段を上り、参道の鳥居をくぐって、さらに階段を上ると正面に社殿。
ということで、社殿は南向きだろうか。

階段の下、左手に末社の祠(豊受社・山神社・天伯社)。
拝殿の前、階段の左右に立派な夫婦杉。
樹齢600年〜800年と推定される岐阜県天然記念物。
拝殿は周囲に壁の無い形式。拝殿の奥に流造の本殿がある。

境内の右手(東側)に恵那山山頂本社(奥宮)への遥拝所がある。
老杉の聳える晩秋の境内は、枯葉で茶色だった。

創祀年代は不詳。

社伝によると、恵那山は「胞衣山」とも書かれ、
神代の昔、天照皇大神が誕生した時、血洗池で出産の穢れを洗い、
御胞衣(胎児を包んでいる膜と胎盤)を恵奈嶽に納めたことから
恵那山と呼ばれるようになったという。

前宮は元和六年(1620)九月、山頂本社および摂社の祭神を麓に勧請し祀ったらしい。
よって配祀の神々は、恵那山山頂に祀られている以下の六つの摂社の神々。
葛城社(一言主大神)、富士社(木花咲開姫大神)、
熊野社(速玉男命)、神明社(天照大神豊受姫大神)、
劍社(天一箇命)、一宮社(猿田彦大神)。

明和三年(1766)の『瀧ケ澤舊記』によると、
永禄二年(1559)小木曾家四代吉助が霊夢により、
背負い駕籠に神幣七本を入れて恵那山に登ったところ、
山頂近くから、神幣が順次抜け落ちはじめ、山頂で七本全部が落ちてしまったという。
そこで、神幣の落ちた場所に摂社を祀ったとか。

当社は式内社・惠奈神社に比定されており、
『美濃国神名帳』恵奈郡の項に「従五位上 恵奈明神」とある神社。

また、『美濃国神名帳』には「従五位上 加上明神」という社名が載っているが、
恵那山山麓の川上(かおれ)に前宮が鎮座しており、
境内由緒書きによると、前宮がその加上明神であるかのように記されている。
とすると、元和六年以前から山麓のこの地に前社が存在していたことになる。

明治までは恵那郡の総社であり、明治六年郷社に列格。
大正十四年県社に昇格した。

当社の神紋に関して。
『全国神社名鑑』には三つ巴と記されており、
本殿の屋根に紋が付けられていたが、参拝時に確認し忘れ、
写真も不鮮明なので、正確な図案は確認できていない。
とりあえず、一般的な三つ巴紋を載せておく。


社頭

境内入口鳥居

境内鳥居

参道

境内

境内

社殿

本殿

拝殿内から夫婦杉

末社

山頂遥拝所

遥拝所から境内

神代の昔、天照皇大神が誕生した時、血洗池で出産の穢れを洗ったという伝承があるが、
その血洗池跡は、当社の南西6Kmほどの場所にある。
 Zenrin Data Com Maps display !!

363号線の東側にいくつかの岩が転がっており、
案内板によると、伊弉册命が天照大神を産み、その御胞衣を洗った池。
また、産後、伊装册命が岩に腰掛け、心地よい、安らかであると言い、
安気野の里と名付けられたという。

古事記によると天照大神は伊弉諾命単独で誕生させた神なのだが
このような伝承の細部の歪みが興味深い。

岩の上には「血洗神社」と刻まれた石碑が立っているが、
案内板によると、社殿はもっと奥の方にあるらしい。
他にも予定があったため社殿を見ていないのが後悔。

なお、血洗池の案内板では、安気野の里の地名から、
血洗神社が『美濃国神名帳』記載の「従四位上 河氣明神」であるらしい。
河氣=阿気=安気ということだと思う。


血洗池と腰掛岩

恵那神社由緒記
 恵那山
恵那山は恵那郡第一の高峯にして(二一九〇米) 神代の世 天照皇大神の御胞衣を此の山頂に 納めし故恵那山と謂い恵那神社の鎮座せられ たるも神代の時なり 古事記、日本書紀に日本 武尊この山に御登拝の記事あり
 恵那神社
恵那山の頂上崇霊の地にありて社殿は流造り 祭神は伊邪那伎大神 伊邪那美大神なり
 社格
延喜式神名帳 恵那郡三座之内恵奈神社
美濃國神名帳 從五位上恵那明神
  明治四年迄は恵那郡の總社なり
  明治六年一月 郷社指定
  大正十四年九月十九日 縣社に昇格
  昭和二十八年三月十日 金幣社指定
 攝社(恵那山頂に鎮座)
葛城社(一言主大神)富士社(木花咲開姫大神)
熊野社(速玉男命)神明社(天照大神、豊受姫大神)
劍社(天一箇命)一宮社(猿田彦大神)
 前宮
恵那山頂に在る本社及び六社の摂社の祭神を奉祀す
  例祭日 九月二十九日
  寶物 寶刀四口 内一口は伯耆國住貞綱作にして木曽義仲奉納と傳ふ
  女男杉 樹齢約千年 昭和四十一年九月岐阜縣文化財に指定
  御手植杉 昭和四十二年二月三日三笠宮殿下御参拝記念

−境内由緒書−



恵那神社
参拝のしおり
神代の昔、天照大神御隆誕ありし時、血洗地にて産穢を洗い胞衣を恵奈嶽に納む胞山の名の起こりし故なり。日本書記に日本武尊御東征の帰途、恵那の大神を拝せられし事あり。
延喜式神明帳 恵奈郡三座の内 恵奈神社
美濃国神明帳 従五位上 恵奈明神 従五位上 加上明神
中世までは神主・社僧・別当もあり恵那大権現・七所権現、又単に権現様と親しまれ、今にその名残を留む。
明治四年までは恵那郡の総鎮守・総氏神として崇敬されて来たが、明治六年郷社に大正十四年県社に列し、終戦後、宗教法人金弊社恵那神社として、神社本庁の包括する所となる。

−『平成祭データ』(原文ママ)−



最終更新日:2014/08/14
【 恵那神社 (中津川市) 】

ボーダー




東海地方
japanmap
全国 北海道・東北地方 関東地方 甲信越地方 北陸地方 東海地方 関西地方 中国地方 四国地方 九州・沖縄地方

伊東市
伊豆の国市
伊豆市
下田市
賀茂郡 河津町
賀茂郡 松崎町
賀茂郡 西伊豆町
賀茂郡 東伊豆町
賀茂郡 南伊豆町
掛川市
湖西市
三島市
周智郡 森町
駿東郡 清水町
駿東郡 長泉町
沼津市
焼津市
榛原郡 吉田町
静岡市 葵区
静岡市 駿河区
静岡市 清水区
田方郡 函南町
島田市
藤枝市
熱海市
磐田市
浜松市 中区
浜松市 西区
浜松市 北区
浜松市 天竜区
富士宮市
富士市
牧之原市

安八郡 安八町
安八郡 神戸町
安八郡 輪之内町
羽島市
加茂郡 東白川村
加茂郡 白川町
岐阜市
恵那市
高山市
大垣市
中津川市
飛騨市
不破郡 垂井町
揖斐郡 大野町
揖斐郡 池田町
揖斐郡 揖斐川町
養老郡 養老町

伊賀市
伊勢市
桑名市
志摩市
松阪市
多気郡 多気町
多気郡 大台町
多気郡 明和町
鳥羽市
津市
度会郡 玉城町
度会郡 大紀町
度会郡 度会町
名張市
鈴鹿市