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式内社 伊勢國度會郡 雷電神社 不詳 |
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江戸時代、掛橋地内は紀州藩と鳥羽藩に
分かれてをり、紀州藩領の神社として春日社があり「表の
宮」と称してゐた。一方、鳥羽藩領には雷電神社があり「
裏の宮」または「八王子」とも称してゐたと伝へられる。 (略)一方裏の宮、すなはち雷電神社の方は 『小俣町史』によれば「各神社合祀の外神社明細帳脱漏神 社」八社の内に挙げられてをり、これら八社は明治四 十三年四月五日に小俣神社と共に官舎神社に合祀になつ た。 ともかく神社が合祀された後も、春日神社の氏子は山の 神を、雷電神社の氏子は山の神と八王子社を祀り、御頭 神事を、元の神社の財産で各氏子別々に祭祀を継続してゐ た。その後、昭和二十八年の頃、当時の宮司がもと八王子 社の社地を「雷電神社」として社殿を復興し、春日神社の 氏子とも合同で祭祀を執り行ひ今日に至つてゐる。 −『式内社調査報告』− |