皇大神宮別宮
倭姫命
御幸道路を挟んで、皇学館大学の西にある。
周辺には神宮徴古館や神宮美術館、神宮農業館など。
大鳥居のすぐ北の交差点に入口の鳥居があり、参道が続く。
大正の創祀で、新しいのだ。
入口は目立たないが、参道は広く、木々も繁っていて、
別世界に入って行く感じ。良い。
突き当たりの階段を上ると社殿が見えてくる。
倭姫宮から外宮方向へ300m、左手に、倭町へ登る坂。
その坂を登りつめて左側山林に倭姫御陵墓参考地があるらしい。
倭姫宮
天照坐皇大御神のご遷幸に供奉して、皇大神
宮を五十鈴の川上にご創建申し上げたご功績のあった倭姫
命(第十一代垂仁天皇皇女)をお祭りする皇大神宮の別宮
である。こうして大きなご事績をお残しになり、またこの
伊勢の草わけの姫神であったにもかかわらず、大正時代ま
では、後に述べる倭姫命のおかくれになった御陵墓の伝説
を残すだけで、倭姫命をお祭りする宮社がなかった。この
ことを大変残念に思い、神宮ならびに地元の宇治山田市(今
の伊勢市)の人々の宮社創立の熱望が実を結び、大正十二
年十一月五日ご鎮座がおごそかに行われた。
神宮の宮社はすべてご由緒が古いのであるが、当宮だけ
は、こうした特別の事情のため、ご創立が新しいのである。
当宮を崇敬する地元の人々が中心になって「御杖代講(みつえしろこう)」(倭
姫命が皇大御神の御杖代として奉仕せられたということに
よる名称)が結成され、毎年十一月五日礼典が奉仕され、
神賑行事も行われている。
倭姫命御陵墓参考地
倭姫宮から御幸道路を外宮方面へ三〇〇メートルほど戻ると左側
に倭町へ上る坂がある。その坂を登り詰めた所の左側、山林の中に倭姫命の御陵と伝えら
れる墳墓がある。
江戸時代、この地域に常明寺、神落萱社などがあって、神宮とも関係の深い所である
が、この一隅に前方後円墳と思われる古墳の廃墟がある。これを尾上御陵(おべごりょう)といって、倭姫
命のご陵墓であると伝えられ、昭和三年十月、宮内省から「倭姫命御陵墓参考地」に指定
された。伝説にとどまり、はっきりとした史料がない。倭姫命顕彰会の人々赤誠がみの
り、昭和三十六年四月、ご陵墓が宮内庁の手によって整備された。
−『お伊勢まいり』−
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