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式内社 備後國沼隈郡 沼名前神社 旧國幣小社 大綿津見命 須佐之男命 |
広島県福山市にある。
福島駅から南へ10Kmほど、鞆の浦を目指して南下。
海岸沿いの道から、鞆町後地の街中を入ったところに鎮座。
早朝の参拝だったので、朝日を受けた鳥衾形鳥居が鮮やかだった。
参道を歩き、階段を上ると境内。
正面に立派なコンクリートの社殿あり、右手が広場になっている。
参道から右手に入り、赤い鳥居の階段を上ると、
その広場の正面に出るが、その奥正面に渡守社。
仲哀天皇2年、神功皇后が高鞆を神璽として勅祭し、
大綿津見命を祀り、創建した神社。
もとは、鞆の西町に鎮座しており、渡守大明神と呼ばれていた。
現在、その渡守社は、当社境内の摂社となっている。
参道右の階段正面にある渡守社が、その旧社といわれている。
鞆の西町の社殿は、慶長4年の火災で焼失し、後地麻谷に遷座。
貞享2年、藩主水野氏により、草谷へ再建。
明治9年に、祇園社本殿へ遷された。
その祇園社は、もと鞆浦関町に鎮座していたが、
慶長4年の火災で、同様に焼失。その後草谷へ遷座。
当時は祇園社が、式内・沼名前神社であると考えられており、
明治4年に國幣小社に列せられたが、
式内・沼名前神社は、渡守社であるとされ、渡守社が祇園社本殿へ遷され、
祇園社は、相殿に祀られた。
祇園社にとっては、本殿を乗っ取られた形になってしまったが、
今でも「祇園さん」と呼ばれ崇敬されている。
神紋は、本家祇園・八坂神社と同じ、木瓜紋。
社殿からは、海を挟んで対岸の仙酔島が見える。
境内・境外に40社の摂末社があり、
鞆字古城跡に、御旅所があるらしい。