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宗形神社
むなかたじんじゃ
[鳥取旅行] 鳥取県米子市宗像298  Zenrin Data Com Maps display !!


丸に三つ輪


宗文字

式内社 伯耆國會見郡 胷形神社
旧郷社

御祭神
田心姫命 湍津姫命 市杵島姫命
相殿
経津主命 武甕槌命 日本武命 上筒男命 中筒男命 底筒男命
誉田別命 伊弉諾命 伊弉册命 大日孁命 素盞嗚命 大國主命
合祀
倉稲魂命 天児屋根命 天太玉命 猿田彦命 鈿女命
阿蘇彦命 阿蘇姫命 保食命 月読命

『伯耆民談記』
天稚彦命

鳥取県米子市内、181号線沿いにある。
米子バイパス(9号線)の少し南。

境内入口に駐車スペースがある。
車を止め、参道を西へ歩くと、階段上に社殿がある。

階段を登ると、美しい社殿がある。本殿は大社造変態。
拝殿には、「宗の文字」と「三つ輪」の紋が付いていた。
祭器庫にあった神輿には「丸に三つ輪」だが、本殿には「三つ輪」のみ。
丸の有り無しは、重要ではないようだ。
参道の説明に、「池田慶徳の家紋を使用云々」とあるが、
池田慶徳(徳川慶喜の兄、鳥取蕃最後の藩主)家の紋は蝶。

創祀年代は不詳。

式内社・胷形神社に比定されている古社。
胷の字は、胸の旧字だ。

往古は、現社地の北三丁余の宮の谷という所に鎮座して
本宮と呼ばれていた。
山頂には多くの小石が残っており
中腹に清泉があり、断水することがないという。

古来、上下の崇敬篤く
弘治二年現社地に遷座し、尼子晴久が社殿を建立。
社領高三百石を寄進。
その後、吉川元春がさらに社領を百二十石寄進した。

祭神がやたらと多いのは、近隣の六社を合祀して相殿に祀り、
さらに、境外にあった摂末社を合祀した結果だそうだ。
天稚彦命が祭神と考えられるのは、天稚彦命が胸に返り矢を受けて死んだ、
その高胸坂と胸形の類似によるもの。

参拝中、近所の親子連れが参拝に来られ、
境内のすべての祠に手を合わせて祈っていた。
3歳くらいの女の子が神仏に手を合わす姿は
見ているものの心を和ませる。

見ていると、拝殿の左右でも、ひざまずいている。
拝殿左右の軒下に穴があり、そこに賽銭箱が設置されている。
軒下に巣くう動物を神と崇めているのか、軒下に神が鎮座しているのか、
あるいは、祭神が三座なので、拝殿正面と左右の三方から拝するのか。
聞いてみたかったが、無粋なので、やめた。でも気になる。

拝殿左右に、穴があり賽銭箱も置かれている。面白い。
蛇を祀っているのかもしれない、と、ふと思った。

資料に載っていないので、神紋の由来は正確にはわからないが、
「三つ輪」に関して少し考察。
・祭神が、宗像三女神であるところから、三祭神の三。
・当社は「伯耆國第三鎮守」と称されていた。三番目ということ。
・当地は会見郡だが、西から来た宗像氏と東から来た大神氏が、
ここで会いまみえたという話がある。
「新撰姓氏録」では「宗形朝臣、大神朝臣同祖、吾田片隅命之後也」とある。
三輪の大神神社では、非公式に三つ輪紋を使用することがあるらしい。
当社の創始あるいは祭祀に三輪氏が関与したのかもしれない。


社頭

参道の鳥居と神門

神門

参道

階段上に社殿

社殿

社殿

クスの木

本殿

境内社

気になる拝殿横軒下の穴

拝殿

気になる拝殿横軒下の穴

 宗形神社 鳥取県米子市宗像二九八番地鎮座
一、御祭神
田心姫命湍津姫命市杵島姫命 ほか十八神
*三女神は天照大神素盞嗚命の御子神
一、祭 日
例大祭 五月三日
例 祭 十一月三日
歳旦祭 一月一日・大祓祭 七月丗一日・新嘗祭 十一月廿三日
一、由 緒
創建年代は不詳であるが、往古宗像氏族が、祖先神である宗像三女神 を奉じて九州からこの地に来着し、これを斉祀したのが起源と伝えられている。
平安初期の斉衡三年(八五六)に宗形の神に神階五位上が増叙され た旨、文徳実録(日本六国史の一)に所載されている。
醍醐天皇の延長五年(九二七)に勅撰された延喜式神祇の巻に、伯 耆国六社(会見郡では胸形神社と大神山神社)の一として、国幣小社に 列格されている。
戦国時代には武将の崇敬篤く、尼子晴久は、弘治二年(一五五六) に、宮ノ谷の山頂に鎮座していた社を現在地に遷して新しく社殿を 建立し、社領三百石を寄進した。吉川元春(毛利元就の二男)は、更 に社領一二〇石を加増寄進すると共に、太刀及び兜(典型的桃形の 逸品で社宝として所蔵)を奉納した。中村伯耆守は、社殿修造用 材百本を寄進した。
蕃政の世には、歴代の因伯藩主の崇敬篤く、当社を蕃の祈願所に指 定し、制礼の建立や池田家々紋を幕・提灯に使用方を裁許し、池田慶徳は自ら社参祈願を行った。
社名は、宗形(文徳実録)、胸形(延喜式)、宗像(明治初年まで)、宗形 (明治四年以降)と変遷を重ねて現在に至る。
一、御神徳
延喜式内郷社宗形神社は、平安の古より国史、文献に名を連ね、 千数百年の歴史を有する当地方の古社であり、会見郡の鎮守宗像 庄の大社として尊崇され、海陸交通・厄除開運の守護神として御 神威高く、又虫封じの神としても霊験顕著でその名が高い。
一、神社と古墳
神社を中心として周辺に密集分布する宗像古墳は、県下有数の 古墳群であるが、これは当地方が、古くから神社との関り合いの中で 生成発展して来たことを物語るものであり、往古の社会・文化探求 上で重要遺跡として斯界の注目を集めている。

−境内説明板−



最終更新日:2013/10/13
【 宗形神社 (米子) 】

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