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高靇神社
たかおかみじんじゃ
広島県福山市新市町大字藤尾
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広島県福山市(昔は芦品郡藤尾村)。
ここは、かなり分かりにくい場所。
いや、ある意味では、分かりやすいかもしれない。
とにかく、地元で聞くしかないと思う。
JR新市駅から北上し、備後一宮・吉備津神社前を通過する26号線を、
ひたすら北上して、6Kmほど。
右折して、川に掛かる橋を、藤尾滝方面へ。
狭い車道を2Kmほど走ったところに民家が数軒かたまった場所がある。
その民家の横に、山頂への入口があるが、
案内は無いし、山への道は数本あるので、聞くしかない。
農家の庭で、作業をしていたお婆ちゃんに聞いて、
道路の北側の民家横から、山道を登る。
山道は、綺麗に維持されているので、革靴でも登れる道。
10分ほど登ると、上写真の鳥居があり、そこから少し上に、
石段があり、神門・拝殿・本殿がある。
社伝によると、
延暦十八年(799)三月、本村の月入の森白瀧の上に初めて宮殿を建立。
龍神(豊玉姫命)及び国高依彦神を奉祀したという。
その後、大同元年(806)大風があり、
翌年四月、宮殿を辰巳に向けて建て替え、
弘仁五年(814)六月二十四日、空海がこの地に詣でて
一ノ降の滝にて七日間雨乞い、天下に霊雨があった。
よって、龍神の御串八方向きに作り、八大龍王と称したという。
当社は、龍王社、八代龍王社と呼ばれ、
境外に御滝を祀っているらしい。
もう2Kmほど進むと、藤尾滝があるが、
そのあたりにあるのだろうか、行き忘れた。
御滝は3つあり、
一降は罔象女神、二降は豊玉姫命、
三降は長津彦命(志那津比古神・志那津比売神)が祭神。
相殿に祀られる國高依彦神社の祭神は、
高魂命とされているが、付会のようだ。
國高依彦神と考えるのが普通だ。
文永三年(1268)八月、当所市町に社殿を造営し分祀して
市町大明神と称したが、
寛政三年(1462)三月十二日火災により焼失し
御神体を龍王社(当社)に戻したという。
参拝を終え、お婆ちゃんに礼を言って、車に戻る。
参道 | 参道途中に鳥居 | 最後は階段 |
神門 | 階段上に本殿 |
本殿 |
『西備名區』巻五十三の「八大龍王神社」の条には、
當社は父尾谷山の半腹に鎮座あり麓の川上に瀧あり一
の降二の降三の降と云あり旱魃之時は當社に雨を乞ひ
瀧に御祓して吉凶を伺ふ時に蛇瀧壺に浮をれば雨必ず
降る鱈魚をれば雨なしと云ふ初め一の降に吉凶を下し
験なければ二の降に乞ふ二の降に験なければ三の降に
至る三の降に験なければ大旱の及ぶと云ふ
と、瀧の信仰を傳へてゐる。
−『式内社調査報告』− |