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式内社 出雲國嶋根郡 美保神社 旧國幣中社 御祭神 事代主神 三穗津姫命 |
松江から中海沿いの道を東へ、昇る朝日に向かって進む。
まぶしくてしょうがないが、朝の雰囲気で、これも良し。
小さな漁港、美保関の港にある。
社前、参道脇の土産物店の前に車を止める。
まだ店が開いていないのでOK。
朝日を浴びた鳥居をくぐる。
廻廊には作り物の大鯛が置いてある。
美保神社は事代主の神社で、事代主神系列の「えびす様」の総本宮だ。
「えびす様」には、他に蛭子神系列がある。
美保の郷の名のおこりは、『出雲国風土記』に
「天の下造らしし大神の命、
高志の国に坐す神、意支都久辰爲命のみ子、
俾都久辰爲命のみ子、奴奈宜比賣命にみ娶ひまして、
産みましし神、御穂須須美命、是の神坐す。
故に、美保といふ。」とある。
当社は、同風土記記載の美保の社である。
つまり、御穂須須美命=三穗津姫命。
事代主神は、大国主神の御子神。
天孫降臨に先駆け、建御雷神が大国主神に対し、
葦原中国(日本国土)の明渡しを要求した時、
その判断を一任された神で、その時、
美保に釣りに来ていたと、古事記に記されている。
美保神社は事代主の神社で、事代主神系列の「えびす様」の総本宮だ。
「えびす様」には、他に蛭子神系列がある。
美保の郷の名のおこりは、『出雲国風土記』に
「天の下造らしし大神の命、
高志の国に坐す神、意支都久辰爲命のみ子、
俾都久辰爲命のみ子、奴奈宜比賣命にみ娶ひまして、
産みましし神、御穂須須美命、是の神坐す。
故に、美保といふ。」とある。
当社は、同風土記記載の美保の社である。
つまり、御穂須須美命=三穗津姫命。
事代主神は、大国主神の御子神。
天孫降臨に先駆け、建御雷神が大国主神に対し、
葦原中国(日本国土)の明渡しを要求した時、
その判断を一任された神で、その時、
美保に釣りに来ていたと、古事記に記されている。
拝殿の賽銭箱に、「三の字」の社紋。
「美保」は「三保」とも書くので、
これを社紋としている。神紋は別。
事代主神の神紋は「三巴」、三穗津姫命の神紋は「渦雲」。
事代主神系列の「えびす神社」総本宮。
神社の周囲には多くの末社があるが、回れず。今度ゆっくり歩きたい。
ただ、沖之御前、池之御前をそれぞれ祀る島へは渡れないかも知れない。
二棟並んだ本殿。中央には、大后社という末社があるらしい。
大后社 神屋楯比売命,沼河比売命
合祀 姫子社 媛蹈鞴五十鈴媛命,五十鈴依媛命
合祀 神使社 稲脊脛
境内社。
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美保神社(えびす様) 旧国幣中社 八束郡美保関町 山陰本松江駅より三二粁 祭神 事代主神 三穂津姫命 例祭 四月七日 神紋(左殿三穂津姫命)二重亀甲に渦雲 (右殿事代主神)二重亀甲に三つ巴 社紋 二重亀甲に三 本殿 美保造 二二、五坪 境内 二○○五○坪 攝末社 一五社 宝物 明治天皇下賜剣一ロ、諸手船二艘(民俗資科)、奉納鳴物八四六点(民俗資科)、書籍、業平集断簡尾形切(重美)、外数百点 氏子 二九九戸 崇敬者 五○万人 神事と芸能 青柴垣神事(四月七日)、諸手船神事(一二月三日)、神迎神事(五月五日)、虫探神事(八月七日) 由緒沿革 御祭神事代主神は国土奉献の大事を決せられて自らは八重青柴垣を作ってお隠れになったと記紀にみえている。俗に「えびす様」と申し上げ古来より広く尊崇せらる。古くは延喜式内社に列し明治一八年国幣中社に昇格せられ明治天皇より剣一口を腸っている。夙に出雲大社と共に出雲の「えびすだいこく」と竝び称せられ「大社だけでは片詣り」とて出雲大社に参拝する人々は必ず当社にも参詣する風習があり、漁業農業商業の守護神として全国に崇敬者を持っている。山陰、岡山地方の農家は「夏市まいり」と称し田植後集まって参拝する。島根半島東端にある岩礁「沖の御前」「地の御前」は御察神が釣りをなされた聖地であり五月五日払暁この島にて神迎神事が執り行われる。現本殿は文化一○年造営のもの、昭和三年現在の神城を完成した。又当仕の「一年神主」制度は、特異な祭祀形態として顕著なものである。(神社本庁別表神社) −『神社名鑑』− |
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