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佐久多神社
さくたじんじゃ
島根県松江市宍道町上来待551
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式内社 出雲國意宇郡 佐久多神社 |
来待駅の南、宍道町にある。
来待神社から東へ続く道路を500m程。
道路脇に鳥居があり、参道が南へ続く。
境内には拝殿などは無く、本殿のみ。
創祀年代は不詳。
十羅刹様とも佐久多大明神とも日御碕大明神とも呼ばれた神社。
式内社・佐久多神社の論社であり、
式内社・同社坐韓國伊太弖神社を合祀していると考えられている。
明治になって、無格社・日御崎神社となり、
明治四十一年四月十二日、来待本宮に合祀。
昭和二年十二月二十七日、住民の願いにより、来待本宮の御旅所として復興。
昭和三十二年十月十六日、御神霊を戻して、来待本宮境外末社となった。
ただし、現在、社殿の額には佐久多神社とある。
鳥居から社殿まで、畑の中をまっすぐ続く参道が良い感じ。
社殿後方に、山中へ続く道があり、注連縄で結界されている。
なにか在るのだろうか。夕方近くなっていたので、登らなかった。
鳥居 | 参道から鳥居 |
参道 |
境内 | 本殿 |
裏山へ続く道 | 本殿 |
境内から参道 |
古来佐久良にあり、江戸初期までは佐久多神社
あるいは佐久多大明神と称してきたが、正徳ごろから日御
崎大神宮と称するやうになり、明治になり、日御崎神社と
して無格社に列せられた。しかして神社整理にあたり、四
十一年四月十二日、大宇上来待字多根なる村社本宮神社に
合祀となつたが、住民の復舊の念止み難く、昭和二年十二
月二十七日、許可を得て佐久良なる舊社殿を本宮神社の御
旅所とするを得、次いで三十二年十月十六日、御神体をこ
れに奉還した。したがつて現在では本宮神社の境外末社の
ごとき形となつてゐる。
−『式内社調査報告』− |
【 佐久多神社 】