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式内論社 周防國熊毛郡 熊毛神社 旧村社 御祭神 熊毛神社三座 三毛入野神,磐余彦神,玉依姫神 八幡大神三座 應神天皇,仲哀天皇,神功皇后 住吉大神三座 表筒男神,中筒男神,底筒男神 |
岩国市周東町にある。山陽自動車道玖珂I.C.をおり、
70号線を南下、約2Kmで、左折し500m程。
境内入口の階段を上がり、参道を歩くと途中に鳥居、その先に社殿がある。
年末の早朝7時に到着、暗い階段を登る。参道の霜を踏みながら進む。
光量不足で、うまく撮影できないため、何度も取り直す。
ストロボを使用しても光が届かないのだ。
岩国市(旧玖珂郡)には、岩隈八幡宮が、当社(周東町)と玖珂町に、二社存在する。
元禄四年九月、岩国藩主吉川広紀公が、ここ岩隈山(周東町)から
久重山麓(玖珂町)へ遷座したためだ。
その後災厄などが周東町の祖生の地に起るので、元の地に玖珂町の宮より
勧請したという経緯があるようだ。
以上の情報を、玖珂町の岩隈八幡宮の方より頂いた。
岩隈八幡宮(玖珂町)公式サイトを開く
元禄四年九月、岩国藩主吉川広紀公が、ここ岩隈山(周東町)から
久重山麓(玖珂町)へ遷座したためだ。
その後災厄などが周東町の祖生の地に起るので、元の地に玖珂町の宮より
勧請したという経緯があるようだ。
以上の情報を、玖珂町の岩隈八幡宮の方より頂いた。
岩隈八幡宮(玖珂町)公式サイトを開く
『周防國風土記』に、
「古老傳曰、往古三毛入野命祖父郷天岩熊。故名之謂熊毛、今熊毛宮是也云々」
とあり、式内熊毛神社の論社となっている。
『玖珂郡誌』には、「熊に似たる岩へ降臨生、熊毛神と崇ふ」とある。
ところで、当地玖珂郡は、養老五年(721年)に熊毛郡から分離独立しており
延喜式成立時(927年)には、明らかに、熊毛郡ではない。
よって、熊毛郡筆頭の熊毛神社とすることに疑問を持たれている。
しかし、他の論社が特に有力だという証拠もあまりない状態だ。
正月準備のためか、拝殿には紅白の幕。
本殿両脇に、稲荷や金毘羅などの末社がある。
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遷座した玖珂町鎮座岩隈八幡宮の由緒を掲載する 延喜式神名帳曰周防國式内十神之内ニ熊毛神社ト 称スルハ則此岩隈宮ノ事也周防風土記曰古老傳 云往昔三毛入野命祖生郷天降岩熊山故名之謂熊 毛宮也ソノカミハ玖珂郡ノ名称ナク皆熊毛郡トイ ヘリシヲ元正天皇養老五年熊毛ヲ分テ玖珂郡ヲ 置クト續日本紀ニ見ヘタリシカレバハジメ當宮 ヲ熊毛神社ナルコト著明ナリ又人皇四十五代聖武 天皇天平四年勅願ニ依テ樓門造立アリシ棟札今 ニ存セリ其後宇佐八幡宮ノ御分霊ヲ勧請シ奉ル ニ依リテ岩隈八幡宮ト総称シ奉レリ此大神ニ由 縁深クマス住吉大神ヲモ此時ニ合祀リテカク九 柱大神倶々ニ鎮リ坐スコトニナン成リケルサテ 應永元年源小原道秀左衛門尉次文本社再建ノ棟 札アリ永世十年癸酉十一月二十一日大壇主多々 良尾張守奥房本願主本立飛騨守資信再建ス其後 天文三年十一月如珠日尾張守奥房大江氏右衛門 尉房述再建ス同十四年南方三ケ郷安岡和泉守其 後天正二年三月吉日杉備後守夫ヨリ後元和九年卯 月吉日吉川廣家ノ代理代官佐武筑後再建アリ 寛文六年九月吉日再興セリ元禄四年九月旧岩國 藩主吉川廣紀ノ命ニ依リ本郡祖生村岩隈山ヨリ コノ久重山ニウツシ鎮奉リヌ −『山口縣社寺名勝圖録』− |
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