ゆらひめ
島根県隠岐郡西ノ島町浦郷922

式内社 隠岐國知夫郡 由良比女神社二座 元名和多湏神 名神大
隠岐國一宮
旧村社

由良比女神
(海童神,須世理比賣命などの説があるが、疑問だ)

隠岐島前、西ノ島の浦郷にある。

元は知夫里島にあったとする伝承がある。

知夫里の「烏賊濱」にありイカの大群が押し寄せていたが、
浦郷へ移ってから烏賊もそちらへ移ってしまい
知夫里にイカが寄らなくなったという。

島後の水若酢神社と共に隠岐一宮とされている。

社前はイカ寄せの濱になっている。


本殿は、春日造変態で、向拝唐破風、俗に枡形明神造というらしい。
道路から、社殿の側面が見えるが、
拝殿・幣殿・本殿と繋がった形は美しい。
神門の中には随身の人形が安置されており、これも綺麗だった。


由緒
祭神 由良比女命
例祭 七月二十八日 当社は仁明天皇承和九年(一一〇〇年前)官社に預り延喜式神明帳 には明神大として神申抄には「わたす宮」土佐日記には「ちぶり の神」として見えたり
海上守護の神として古来より上下の崇敬篤く外国の使節を遣する 際或は外患を防ぐ時等に鄭重なる祈祷ありと続日本後紀三代 実録に記るされたり
平安朝末期には当国一の宮と定められその造營は国守により 行れたり
安永二年(一八〇年前)各村の庄屋集りて大祭の儀を復興し島前 一統の祭としてその制を今尚伝えたり
隔年に行れる御旅の祭には遠く雲石伯耆但馬より新造の漁舩を曳航 し競って神舩に列せんとしたり近郷の漁舩供奉して漕ぎ競べをなせり
社前の由良の浜には毎年十月より翌年二月にかけて「いか」の群集する ありその寄来る時は瀧の響の如くなり小屋掛けして待ちこれを掬い る多き時は一夜に数千連も押寄せり
十一月二十九日の神帰祭には少しと雖も寄らざることなしこれ遠き古より 今に至るまで変わることなき不思議の一なり

−境内案内より−