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式内社 備前國邑久郡 安仁神社 名神大 備前國一宮 旧國幣中社 五瀬命 配祀 稲氷命,御毛沼命 天照大神 『岡山藩主池田綱政祈願文』 参議従三位秋篠安仁卿 『寸簸乃塵』 大納言正三位右近衛大将安倍朝臣安人霊 『吉備温故秘録』 地主神 『吉備温故秘録』 阿田賀田須命 『吉備温故秘録』 兄彦命 『大日本地名辞書』 和邇氏 『大日本地名辞書』 五十狭芹彦命(孝霊天皇三皇子の長男) 『大日本地名辞書』 阿知使主 『大日本地名辞書』 未詳 『明治三年神社明細帳』 安仁神 『安仁神社誌』 |
岡山市西大寺一宮、岡山市街地から28号線(岡山牛窓線)を東へ、
岡山ブルーラインを超え、宿毛交差点で右折し南下。
このあたりに神社への案内があるが、
南下して1kmほどで左折(東へ)し数百mで入口が見える。
なかなかややこしくて、遠い。
祭神は、上記のように諸説あって、これもややこしい。
明治3年の「神社明細帳」では、未詳。
明治8年の社務作成「安仁神社御傳記」で、五瀬命となり、
大正14年の社務所作成の「安仁神社誌」では、無難に安仁神となる。
が、戦後、昭和27年の「神社明細帳」では、五瀬命が復活。
銅鐸も出土し、後方の山には磐座もあることから、
神代からの祭祀と考えると、
秋篠安仁や安倍安人は、論外だろう。
「アニ」と「ワニ」の音から和邇や、
「アニ」と「アチ」の音と、
近くに「阿知」という地名があることから、阿知使主というのも興味深い。
長い歴史の中で、五瀬命と称したのは最近のようだが、
現在は、神武天皇の兄三人となっている。
神紋は、天皇を祀っていることから菊紋を使用。
さらに、拝殿の幕に、五三桐があったので、
社務所でお聞きしたら、「あれは間違い」で、
五七桐が正しいということ。
駐車場から参道を進むと、鳥居が二つあり、神門がある。
階段を登ると社殿があり、左手に社務所。
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当社の創立年月日不詳、歴史については、「続日本後紀」の承和八
年(八四一)、二月八日の条に「安仁神預名神焉」とあるのが初見であり、「延喜
式神名帳」に備前国名神大社とある。古くは「兄神社」、また「久方宮」(都より
はるかな地ゆえか?)と称したとも伝えている。 この社地は、宮城山(別名・鶴山)といい元宮は標高八○米位の頂上にあっ た。その後、備前藩主池田家の祈願所として現在の地に鎮座する。 明治四年国幣中社に列せられ勅使の御参向、大正十五年皇太子殿下行啓、祈年 祭・新嘗祭・例大祭には幣帛供進使の参向などがあり、戦前(太平洋戦争まで) は、荘厳で隆盛な神域でした。 昔は、この鶴山の麓まで海であり、入り江の奥で良港だった。後方の山には 磐座や列石があり、古代の祭祀の跡と見られるところに、神武東遷の舟のとも つなを掛けたといわれる綱掛石神社などがある。 −リーフレットより− |