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式内社 隠岐國知夫郡 比奈麻治比賣神社 旧村社 比奈麻治比賣命(濟大明神) 一説には、活玉依姫の別号とするが、式内社調査報告は、でっち上げと一蹴。 |
隠岐島島前、西ノ島の宇賀にある。
海岸線から少し山中に入った所。
鳥居の額には、「濟神社」とある。濟(すん)とは、元社地の名前。
ここから、更に山中に4Kmの地点、西ノ島北側海にある。現在でも社殿があるらしい。
一軒の民家も無く、開拓された跡も無い入江の上。
ややこしいことに、安政2年(1855)に、現社地に移され、
25年後明治13年に元に戻し、昭和3年に現社地に移した。
その際に、里宮建立という名目で許可されたため、元社地を廃止できなかったが、
御神体などは、すべて現社地に移した。
つまり、元社地の社殿は、旧跡でしかない。
距離も遠く、車が入らないため、今回の参拝スケジュールからはずした。
が、今、自宅でこの文章を書きながら、後悔している。
行っとけば良かった。
季節のせいか、草木が鬱蒼としていて、本殿も全部見えない。
元社地は、郷からも遠く、不便な場所にあり、「氏神」ではありえない。
下記説明でもあるように、霊験神として特別な神である。
古代、朝鮮との往来において、「灯台」となるような施設があったかのような伝承だ。
『式内社調査報告』では隠岐固有神で、史上に現れないとしているが、
博多山笠で有名な、櫛田神社境内にも祀られている。何故だ?
やはり、朝鮮と関係の深い神なのだろうか。
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日本後紀、延暦十八年(七九九)五月丙辰の條
に、この神にかかる著名な事件が報じられてゐる。 前遣渤海使外従五位下内蔵宿禰賀茂麻呂等言。歸郷之 日、海中夜暗、東西掣曳、不識所着。干時遠有火光。尋 遂其光。勿至嶋濱。訪之是隠岐國智夫郡。其處無有人 居。或云。比奈麻治比賣神有靈験、商賈之輩、漂宕海 中、必揚火光。頼之得全者、不可勝數。神之祐助、良可 嘉報。伏望奉預幣例、許之。 *つまり漂流者を神光によって導く神徳 by 玄松子。 −『式内社調査報告』− |