HOME [HOME]  >  [神社記憶]  >  [中国地方]  >
メニューを消去する。ページを印刷するために。 印刷用ページ


河邊神社
かわべじんじゃ
[島根旅行] 島根県雲南市木次町上熊谷字中ノ段1462−1  Zenrin Data Com Maps display !!

式内社 出雲國飯石郡 川邊神社
旧村社

御祭神
久志伊奈太美等與麻奴良比賣命(奇稲田媛命)
配祀
清之湯山主三名狭漏彦八島篠命
相殿
誉田別命 気長足媛命 足仲彦命 上津海童命 中津海童命 下津海童命

島根県雲南市木次町にある。
斐伊川の西岸で、斐伊川が大きく蛇行する場所。
まさしく、河邊(川辺)に鎮座している。

鳥居や参道、そして境内は、最近整備された様子。

創祀年代は不詳。
式内社・川邊神社の論社の一つ。

出雲国風土記所載の「河邊社」。
鎮座地・熊谷に関して、風土記に以下の記述がある。

祭神・久志伊奈太美等與麻奴良比賣命が妊娠し、生む場所を求め、
当地に至り、「甚く久麻久麻しい谷なり」と言った。

当初は下熊谷との境にある烏帽子山の麓、
斐之大川辺字松林に鎮座していたが、
往古、上熊谷の中央部、海原神社境内に遷座したという。

昔は、駒形社とも称していたようだが、
熊谷(クマタニ、あるいはクマガヤ)から変化したものだろうか。

相殿の誉田別命以下三柱は明治四十二年合祀の正八幡宮の祭神。
上津海童命以下の三柱は海原神社の祭神。

神紋は不明、「神国島根」にも記載がなかった。
案内にある御神徳の中に、「河川治水」とあるのは、いかにもとうなずける。
ただし、旧社殿は、明治の洪水で流出したのは、御愛嬌。


境内

拝殿

本殿

金刀比羅、八乗姫、若宮、八坂

社日

本殿

参道

河邊神社
祭神
河邊神社
  駒形大明神
くしいなだみとよぬらひめのみこと
久志伊奈太美等与麻奴良比売命奇稲田媛命
すがのゆやまぬしみなさるひこやしまじぬのみこと
清之湯山主三名狭漏彦八島篠命須佐之男命奇稲田媛命の御子)
相殿祭神
正八幡宮 誉田別命応神天皇) 気長足媛命神功皇后) 足仲彦命仲哀天皇
海原神社 大綿津見三神上津海童命中津海童命下津海童命
祭礼
祈年祭 四月一日
例大祭・御神幸祭 十一月一日
新嘗祭 十二月一日
御神徳
縁結び、子授け安産、家内安全、厄除け長寿、受験合格、芸事上達、五穀豊穣、商工繁盛、河川治水、交通安全、旅行安全
境内社
八坂神社、若宮神社、金刀比羅神社、八乗姫神社
御由緒
 当社は、延喜式神名帳及び出雲風土記所載の式内社としての 古社である。奇稲田媛命、御子を生みまさむと此の處に至りて 「いと久麻久麻しき谷なり」と宮居し給うと、天平五年(七三三) の古文書にあり、往時が偲ばれる。
 当時は、下熊谷の境の烏帽子山の麓、字松林の地に鎮座せしも 後に中央の舟津の現在地に移転している。
(嘉祥四年(八五一)に神階六位上に叙せられ、明治五年に村社に列せられた)
 往時は、境内二十五間四方本殿より鳥居までの参道の 長さ約六十四間(一一五米)あったが、明治六年の洪水により境内流出 堤防構築等により、風致大いに変わった。
 明治三十八年上熊谷地区に鎮座せる正八幡宮、海原神社 を当地に合祀、明治四十四年に並列的に建てられていた三 神社を現在の相殿として。
 その後、老朽化し、昭和四十二年十一月遷宮を執行し今日に 至っている。

−案内板より−



最終更新日:2013/10/09
【 河辺神社 河邊神社 】

ボーダー




中国地方
japanmap
全国 北海道・東北地方 関東地方 甲信越地方 北陸地方 東海地方 関西地方 中国地方 四国地方 九州・沖縄地方

安来市
隠岐郡 隠岐の島町
隠岐郡 海士町
隠岐郡 西ノ島町
隠岐郡 知夫村
雲南市
益田市
江津市
出雲市
松江市
仁多郡 奥出雲町
大田市
浜田市
邑智郡 美郷町
邑智郡 邑南町

井原市
岡山市
加賀郡 吉備中央町
笠岡市
玉野市
高梁市
小田郡 矢掛町
真庭市
瀬戸内市
赤磐市
倉敷市
総社市
津山市
備前市
美作市