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美作総社宮
みまさかそうしゃぐう
[岡山旅行] 岡山県津山市総社  Zenrin Data Com Maps display !!


丸に立梶の葉

美作國総社
旧県社

御祭神
大巳貴命
配祀
鏡造命(一宮中山神社) 鵜茅葺不合命(二宮高野神社)
美作国内神祇九百拾座

岡山県津山市にある。
津山駅の北北西約2Km。当社背後を中国自動車道が走っている。

美作一宮中山神社から南へつづく狭い車道の脇に鳥居があり、
参道が西へ延びる。参道を進み階段を上がると、
重文に指定されている、豪壮な社殿が鎮座している。

社伝によると、当社の創立は、欽明天皇二十五年。
その後、美作国が備前から分割された時に、
当地に国府が置かれ、美作国総社となった。

境内に入って、まず社殿の大きさ・立派さが目に付くだろう。
それほど、大きい社殿だった。
単に、サイズのみで比較すれば、他により大きな社殿はいくらでもあるが、
社としての佇まいや、周囲の環境から見ると、異様とさえ思えるのだ。

参道では、親子連れが蝉取りをしていた。
たくさん居そうな社叢だ。

道路脇の鳥居は、中山鳥居。
参道の先に、こんもりとした森がある。
階段を上って森に入ると、社殿がある。

社殿の周りには、幾つかの小祠が祀られている。
天満宮・荒神社・若宮八幡宮・御崎神社(稲荷)など。

社殿の屋根や、手水鉢には梶紋が付いていた。


社域

社号標

鳥居

参道

境内拝殿

本殿

本殿

天満宮

荒神社

若宮八幡神社

御崎神社

美作総社宮の由緒
美作総社宮は社記に欽明天皇の二十五年 (およそ一、四〇〇年前)大巳貴命大国主命) を字本館に(西方およそ一キロ)にお祀 りしたのがはじまりと伝えられた。
和銅六年(西暦七一三年)備前国から 六郡を割いてはじめて美作国が置かれ その翌年国府がこの里に開府されました。 その後美作の国司が社殿をいまの社地亀 甲山に移して大巳貴命を主祭神として 一宮(中山神社)二宮(高野神社)の両 大社をはじめ美作国六十五郷の総べての 社祇を合祀して総社宮となづけてその みちおよそ五百年間歴代の国司はみな このご神意を奉じて国内の政治を執り行 いました。
その後鎌倉時代になって国府がすたれた あともこの社は美作三大社の一つとして 広く士民より崇祈され近世のはじめ美作 国主森氏は多くの神領を寄進しのちの松 平氏もまた祭祈料を奉納し明治維新後は 県社に列せられました。
現在の本殿は永禄十二年(西暦一、五六 九年)に毛利元就が造営したものでのち 明暦三年(西暦一、六五七年)に国主森 長継が大修理を加え近く昭和七年に国 と氏子の崇敬者一同の協力によって解体 修理が行われました。
この社殿の造りは入母屋妻入の独特な様 式をもち規模、豪壮で華麗な彫刻を総社 宮に配置した桃山時代の代表的なすぐれ た建造物で全国の総社宮のうちで当社の みが大正三年国宝に、現在は国の重要文 化財に指定されています。

−境内案内−



最終更新日:2013/10/09
【 美作総社宮 】

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