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式内社 出雲國意宇郡 來待神社 旧郷社 大物主櫛甕玉命,積羽八重事代主命,五十猛命,廣國押建金日命,天照大神, 八尋鉾長依彦命,須佐之男,應神天皇,和名佐比古神,月夜見命 |
「明治神社誌料」によれば、御神体は石らしく、
崇神天皇の頃、大和國三輪より勧請。
祭神が多いのは、明治に周辺の神社を合祀したからだ。
(東来待の金箸神社・向津神社・屋風呂神社)
(西来待の御内神社・八幡宮)
(上来待の和名佐神社・世那加神社)
宍道町にある玉造温泉カントリークラブの東。神社の裏山の向こうはゴルフ場か。
境内はかなり広い。まっすぐに伸びた参道の先に神門がある。
社殿は3つ。中央の社殿には「三所大明神」と額がある。
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来待神社 旧郷社 八束郡宍道町上来待 祭神 大物主櫛瓶玉命 他九柱 例祭 一○月二八日 本殿 春日造一坪 境内 一三○○坪 末社 二社 由緒沿革 延喜式内社で、崇神天皇の頃大和国三輪から勧請したと云う。明治初年郷社に列した。 −『神社名鑑』− 『式社考』に「来待を来海と書くは、入海の邊にて、 本、来待海といひしを省してかけるべし。」社伝に崇神天皇の頃、勧請すとある。大物主命大 和國三輪より来ますと人々が待つたことから、社を来待神 社と言ひ。来待神社から此の村を「来待」といふに至つた と言ふとの古伝がある。又、他の社伝は、事代主命が此処 に神社を建てられて、大物主命を大和國大御和(おおみわ)からお迎へ したともいふ。来待村の総社として、総産土神・大氏神と 称されてゐた。 −『式内社調査報告』− |