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備後國一宮 旧國幣小社 大吉備津彦命 大日本根子彦太瓊命,細比賣命,大吉備津彦命,稚武吉備津彦命 『明治神社誌料』 境内摂社式内社 備後國品治郡 多理比理神社 多理比理神社 息長帯姫神 |
広島県芦品郡新市町(現福山市)にある。
JR新市駅から26号線を北へ2Kmほど。
右手に御池があり、左手路地奥に境内入口がある。
入口の鳥居、随神門をくぐると参道。
階段上には、もう一つの随神門がある。
十月の神無月、全国の神々が出雲へ集まるなか、
備後の吉備津彦命のみが欠席された。
心配した大国主命は、二人の使者を派遣したが、
備後国は大祭の最中。二人の使者は歓待を受けた。
以後、吉備津彦命の親衛門守として、二つの随神門を守っている。
ということから、備後国では十月を神有月というらしい。
当社は、備後一宮として崇敬され、通称「一宮(いっきゅう)さん」と
称されているが、式内社ではない。
また、当社の創祀に関しては、一般には、
備前一宮・吉備津彦神社(岡山)と同時期に、
備中一宮・吉備津神社(岡山)から分祀されたと見られている。
社伝では、当社の創立は、平安時代第51代平城天皇
大同元年(806年)とされているが、
当社が式内でないのは、延喜以降に分祀されたからとの説もある。
境内を発掘しても12世紀以降のものしか出てこないらしい。