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式内社 出雲國秋鹿郡 惠曇神社 旧村社 磐坂日子命 |
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出雲国風土記に「恵曇郷…磐坂日子命
国巡行坐時、至坐此処而詔…吾之宮者是処造事
者…」と詔うた恵曇神社は古の恵曇郷の本郷なる
畑垣(現今の鎮座地)にあることは古来の文献に
徴し歴然たることで今の恵曇町にある恵曇神社は
風土記記載の「恵曇海辺社」であることは明らか
である。 然るに元禄年間以来、江角浦神職から恵曇神社は 我が江角のものが正しいとして永年に亘り論争に 及び、結果遂に明治の当初元松江縣に於てこ の恵曇海辺社が延喜式所載の恵曇神社なりと断じ 仝五年郷社にさへ列したのは、歴史を地理に全く 不明の者の所為であって、今日から考えると誠に 遺憾の至りである。 明治四十五年五月神饌幣帛料供進神社に指定。棟 札は寛文五年より昭和四十三年までの本社建立及 び修復の記文あるもの十四枚あり。 −『神国島根』− |