式内社 出雲國大原郡 西利太神社
旧郷社
金山比古命 合祀 伊弉冉命,速玉男命,事解男命
宍道湖の南10kmほど。雲南市にある。
大東総合センターから、清田川に沿って南東へ。
清田に地にある。勿論、清田=西利太で、地名が社名になった。
道路から少し上がった所に鳥居があり、
階段を登って、すぐ拝殿がある境内。
本殿は、やや小振りの大社造だ。
江戸時代までは、「辛明神」呼ばれていたが、
明治に、延喜式名に戻した。
合祀の三柱は、飛地末社であった熊野神社を合祀したもの。
よって、十二所権現と呼ばれた時期もある。
主祭神は金山比古命。大東町は古代の鉄の産地。
周囲には横穴古墳などが散在する。
神紋は、本殿にあった「亀甲紋」だと思うが、
「式内社調査報告」には「特になく、丸に西を用いる」とあった。
祭など、特別の日だけ使用されるのだろうか。未確認。
出雲國風土記に
は、在神祇官社に「世裡陀社」とあるによって、「西利太」
も音仮字であることが知られるから「セリダ」と訓むべき
である。今日、この社の所在地を大東町の清田といってい
るが、この「清田」は、セリダが転訛してセイダとなった
ものと考えられ、所謂地名社であって、その地霊神を祭っ
たのが原始の姿であると思われる。
近世初期に成った『出雲風土記抄』には、「世裡陀社、
式ニ記二西利太神社ト一、是レ阿用郷清田村十二所権現ノ事也」とあ
り、『雲陽誌』には「辛(カノト)明神、社家者流に『風土記』に載
る世裡陀祭、『延喜式』には、西利太神宮と書す斯なり
天和二年修造の祭文あり。祭礼十一月亥の日なり」とあ
る。また、『出雲國式社考』には「風土記、世裡陀社とあ
り、阿用郷清田村十二所権現をいふなり。祭神未詳。丹渡
國氷上郡、芹田神社あり」と記され、『出雲神社巡拝記』
には、海潮神社より十五丁として「清田村辛大明神、記云世
裡陀社、式云西利太神社、祭神かなやまひこの命」とある。こ
れらによって、近世に於ては「十二所権現」といい、また
「辛明神」あるいは「辛大明神」と呼ばれていたことが知られる。
「セリダ」の語原は明らかでないが、『式社考』に暗示
されたように、「芹田」の意かとも思はれる。この辺は今
も良い芹の産地であるとされている。
−『式内社調査報告』−
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