式内社 出雲國大原郡 加多神社
旧郷社
少彦名命 合祀 大己貴命,神阿多津姫命
JR出雲大東駅の西1Kmほど。
東西に流れる赤川の北、大東高校グラウンドの裏にある。
赤川からグラウンド横の参道を北に進み、
階段を上ると境内。
境内裏手の山は開発整備され、きれいになっていた。
『出雲國風土記』所載の加多社である。
グラウンド造成工事の際には多くの土師器や
勾玉などが出土した、古墳時代の遺跡に鎮座している。
神門の案内板では、祭神・少彦名命に関する事蹟が記され、
医術の神としての神徳が紹介されている。
「医術」と「加多」という組み合わせから、
僕は、中国三国時代の医者・華陀(かだ)を連想する。
日本では卑弥呼の時代だろうか。
大麻から作った麻酔薬を用いて外科手術を行った中国の名医だ。
案内には、「加多」は神田の変化だろうと記されている。
明治四年、郷社に列せられ、
県社昇格運動の結果、社務所改築を条件に
昇格が認められるが、戦争により実現しなかった。
社殿後方に「護符井戸」がある。
霊水が湧き出る井戸だが、長らく埋没していたが
境内整備で出現した。
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氏神 加多神社について
| 社名 | 加多神社 (加多は神様の開墾された田即ち神田が変化したのだといわれています) |
祭神 少彦名命(すくなひこなのみこと)
| 配祀 | 大己貴命…(大国主命のこと) 神阿多津姫命…(木花咲耶姫命ともいう) |
少彦名命の御事蹟
少彦名命は高皇産霊神の子どもさまで、はじめ高天の原よりお下りに
なり、常世の国(南方の外国)においでになったが、後、我が国においでになり
大国主命と兄弟の約束をし、共に力を合せ心を一つにして天下を
経営なされ、人民や畜産のために、医療の法をお定められ、また
鳥獣昆虫の災をはらうために禁厭の法をもお定めになった
我が国の医術を学ぶ者もまた大国主命とあわせてこの二神を祖
神としている。かくて大国主命の国をおさめる仕事がようやく見通し
がつくようになって少彦名命に語って「吾、子と造る所の国は善く
成れりと謂うべきかな」とおっしゃった
すると少彦名命は「或は成れるところもあり、或は成らざる
所もあり」とお答えになったそうである。この言葉にはまことに
深い意味が含まれているといわれる。少彦名命は再び常
世国にお渡りになった
神社の起源
記録がないため明らかでないが、少彦名命はこの地を根拠
地として農耕医療等を教導された。その神徳を敬慕し
古代より斎祀せられたものである
社格
元郷社(明治四年より)
大正十五年内務省より社務所改築実施の上は県社に昇
格の許可の旨通牒を受けている
昭和五十年より特別神社に指定される
祭礼日
| 三月二十八日 | 祈年祭 |
| 十月十五日 | 例大祭 |
| 十一月二十三日 | 新嘗祭 |
−案内板より−
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