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出雲神社
いづもじんじゃ
[山口旅行] 山口県山口市徳地堀3572  Zenrin Data Com Maps display !!


二重亀甲に
剣花菱

式内論社 周防國佐波郡 出雲神社二座
旧県社
周防二ノ宮

御祭神
大己貴命 事代主命

山口市徳地の中心から、防府へ向かう24号線(防府徳地線)と、
山口市へ向かう国道376号線の交差する場所にある。
交通の分岐点であり、出雲族の勢力範囲ということだ。

社域東方に佐波川が流れ、境内後方は社叢の山で、
ツルマンリョウの自生地。天然記念物である。

国道に面して鳥居が立ち、北へ参道が延びる。
境内左手には、神木である大杉がそびえている。

社伝によると、霊亀元年(715)の創祀。

周防国二宮として知られ、元暦二年には正三位にまで昇った。

参拝時は、年始準備のため、境内や社務所の大掃除の最中だった。
近隣の婦人達によって、丹念に掃き清められていた。

社殿左手には神木である大杉の大木。
本殿左右に末社宇佐八幡宮と若宮八幡宮がある。

本殿は流造だが、屋根の形が、モッコリとしていてかわっている。
流造の屋根の茅葺だったものをトタンで覆っているようだ。


境内入口の鳥居

参道

参道脇の御旅所か?

境内入口

社殿

拝殿

本殿左の八幡宮

本殿

本殿右の八幡宮

境内の大杉

神社一覧
一、神社名出雲神社
一、位 置山口県佐波郡徳地町大字堀三五七二番地
一、祭 神大己貴命
事代主命
治世・福徳 縁結び、開運、農耕、商工業、医薬
一、由 緒  本社は周防国二宮としてその起源は古く、大古出雲種族の佐波川流域 への膨張発展に伴い、その祖神を鎮祭したものと考えられます。
 鎮座は元正天皇の霊亀元年(七一五)と伝えられ、聖武天皇の天平九年 (七三七)周防国二宮として勅許を受け、奈良時代の周防国正税帳にも、 その神戸・神田の奉納の記述が見受けられます。
 平安時代初期の延喜式神名帳(九二七)に、周防国出雲神社二座として 式内に勅撰されました。以降、延喜式内社として、摂政藤原氏をはじめ 大内・毛利氏等歴代の領主、藩主の祈願所として厚い崇敬のもとに、徳地 地方の総氏神として営繕護持されてまいりました。
 明治三十三年旧県社に列格、第二次大戦後も大古より受け継がれた氏子 崇敬者の伝統的敬神崇祖の念は厚く、当地方はもとより県内でも稀有の古 社として現在に至っております。
一、祭 日元旦祭
春祭(四月十九日)
夏祭(七月上旬)
新嘗祭(十一月二十三日)
節分祭
大祓式(六月三十日小晦日)
秋祭(九月第三日曜日)
大祓式(十二月三十一日大晦日)
一、古 式七曲神事
千茅神事
七十五膳大献供神事
蜷蒔神事
誓能神事
神幸式所役(宮座)等
一、社 殿寛延三年(一七五〇)藩主 毛利宗廣公により重建(流造り)
一、主な宝物神社側近の御物
毛利輝元禁制札
大内義隆寄進状
毛利宗廣社殿奉建棟札
一、天然記念物ツルマンリョウ自生地(出雲神社社叢) 国指定
大杉(御神木) 町指定
一、氏 子徳地町 出雲・八坂地区の大半
一、末 社・境内末社

・境外末社
宇佐八幡宮(応神天皇神功皇后
若宮八幡宮(誉田天皇仁徳天皇
氏子地区内に二十社余
一、主要距離程山口まで 二十Km  防府まで 十六Km  徳地インターまで四Km

−参道案内板−



最終更新日:2013/10/09
【 出雲神社 】

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