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麻佐岐神社
まさきじんじゃ
岡山県総社市秦4035  Zenrin Data Com Maps display !!

式内社 備中國下道郡 麻佐岐神社
旧村社

御祭神
大國魂神

岡山県総社市にある。
総社駅の西5Kmほどにある正木山(381m)の山頂に鎮座。
事前に地図で確認すると、正木山の東側から登る登山道があるが、
山の南側からは山頂まで続く車道らしきものがある。
登山は趣味じゃないので、躊躇無く山の南麓から。

久代から北西へ、狭い道をしばらく進むと
山頂への分岐点があるはず。
が、その分岐点が見当たらない。
地図の分岐点の場所からは、道らしきものが延びているようだが
藪に覆われて、先がまったく見えない。

車で山頂まで登るつもりでいたが、引き返して、
東側麓から歩いて登るか、このまま藪の道を進むか
地図を眺めながら悩んでいると、
西側から一台の軽トラックが来たので、道をたずねる。

どうやら南麓から山頂への道は、かなり以前に通行不能になっているらしい。
車で山頂まで行く方法をたずねると、正木山の北側の大野集落から道があるという。
ただし、その道は未舗装で荒れており、さらに、入口付近の道が非常に狭いので
軽トラックじゃないと無理だろうとのこと。

とりあえず、その入口まで行ってみて、
車での登頂が難しいようなら、歩いて登る決意をして大野集落へ向う。

大野集落へは、正木山の北東麓・高梁川岸にある石畳神社の横から西へ
狭い舗装路を、3Kmほど登る。
ようやく、大野集落に到着すると、「麻佐岐神社道」という小さな道標。
大野集落と参道入口は、このあたり →   Zenrin Data Com Maps display !!
試しにその道に車を入れてみると、なんとか進めそうだ。

神社巡りをしていると、狭い林道や畦道、路地の奥へ入ることが多いので、
長野に引っ越した時に、車を、かなり小型の四駆に替えていたのだ。
それでも最初の上りは、かなり慎重にゆっくりと登ったが、
以後の道は、通常の狭いダート道程度。
約1.5Kmの山道を進むと広い場所に到着。どうやら駐車場のようだ。

追記。2011年6月に久代からの車道が復活したという情報をいただいた。
四駆なら登れる道らしい。


境内入口には、
「本州十八社之一也」「備中国最古之社」
「古代神社(磐座)」「全国随一最高之磐境」
という、小さな標が立っている。

境内は、南東向き。
山の東側から登ってくる道が表参道になるようで、その道に鳥居。
鳥居の脇には、大きなマイクロウェーブの反射板が立っている。
社殿の前には、奥津宮(麻佐岐神社)という小さな標。
北東麓の石畳神社には、辺津宮という標が立っていた。
登山道の途中に、祓所があり、そこは中津宮と呼ぶらしい。

社殿の後方、玉垣の中には幾つかの磐。
当社には本殿がなく、磐座を祀る神社なのだ。

創祀年代は不詳。

『備中誌』に、
「秦下村に有山の頂に標の石有秦下秦上の福谷に蟠る高山也
今廃して社地のみ礎ばかり残れり、(中略)
古来より霊石有此石礎方二間位と見ゆ」。

祭神は大国魂神
大国主神とも、天照大神とも云われることがあるらしく、
また、一説には正鹿山津見命とも。
つまり、神石を祀る神社ということだろう。


大野集落にある麻佐岐神社道入口

境内入口

社殿

登山道側に鳥居

社殿

磐座

横から

後から

延喜式内社 麻佐岐神社
鎮座地総社市秦麻佐岐山四〇二三
祭神大国主神
祭日五月十一日
由緒
當社は最古の創立で 鎮座の全山を麻佐岐山 といい山頂に磐座(いわくら) を霊代として本殿を設 けなく山腹に祓所 (中津宮)がある

−社殿内案内板より−



吉備の国最古の創立にして鎮座の金山を麻佐岐山と称し、山頂の霊石を霊代として本殿の設備を成さず、山腹に祓所ありて大祓谷と云う。
延喜式内の神社にして本国一宮格と定める。旱魃のときは祈雨の祈願所と定めている。また祭田の遺跡あり。

−『平成祭データ』−



【 麻佐岐神社 (総社市) 】

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