|
式内社 出雲國意宇郡 湏多神社 旧村社 宇迦之魂命 合祀 須太閇ノ社 金山彦命 (出雲風土記記載社) 合祀 意宇ノ社 八束水臣津野命 |

|
天和三年(一六八三)の『出雲風土記鈔』に「黒田ノ驛、
(中略)須田社・同下社、此二祠モ亦同郷須田谷白尾大明
神及荒川大明神也」とあり、享保二年(一七一七)の『雲
陽誌』にも「須多社、白尾明紳なり」と記し、下つて天保
四年(一八三三)の『出雲神社巡拜記』には「上出雲郷村
すた谷白尾大明紳、記伝須多社、式伝須多神社」、『出雲國式社考』
には「須多神社、風土記に同、黒田驛今阿多加夜村の内に
須多といふ地にあり。白尾大明神といふ」と説いてゐる。 明治になり、白尾大明神では社號を式によつて「須多神 社」に戻し、教部省の『特選神名牒』でも須多神社の所在 地は出雲郷村とするに至つてゐる。 延喜式神名帳・出雲國風土記登載の神社ながら 記録を見ず。意宇郡明細帳に據れば、往古神事盛行が偲ば れ、『八束郡誌』に「元禄十四年出雲郷村御下札」に「白 尾大明神、三斗三舛四合」給付されてゐる。明治五年村社 に列し、明治四十三年十月十五日神饌幣帛料供進神社に指 定せらる。 −『式内社調査報告』− |