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八幡宮
はちまんぐう
[島根旅行] 島根県浜田市旭町和田字八色山1739  Zenrin Data Com Maps display !!


丸に一久

式内社 石見國那賀郡 山邊神社
旧村社

御祭神
應神天皇 仲哀天皇 神功皇后
配祀
仁徳天皇 武内宿禰命 國常立神 須佐男命 稻田姫命
正哉吾勝勝速日天忍穗耳命 天津日子根命 活津日子根命 熊野久須毘命
多紀理姫命 狹依姫命 多岐津姫命 受保神

島根県の旧旭町(現浜田市)にある。
浜田市旭支所の西2.5Kmほどの旭町和田に鎮座。

7号線の南に境内があるのだが、記憶があいまい。
ひょっとすると、7号線の一本南の道路に面していたかもしれない。

参道の階段をのぼると鳥居が建っており、
扁額には「八幡宮」の文字。旭町の八幡宮は
みな「八幡宮」というのが正式名なので
区別のために鎮座地名を頭に付けて呼ぶようだ。
よって当社の通称は、和田八幡宮。

鳥居をくぐると、右手に手水舎があり、
左手に、杵市山神社と杦神社の合祀された祠がある。
参道を進み、階段を上ると神門があり、
神門の奥が社殿のある境内。

境内中央に大きな瓦葺の拝殿がどっしりと鎮座。
拝殿の後方、石組みの上に流造の本殿がある。

拝殿の左手、社務所との間に鳥居が建っており
奥に境内社の山辺神社がある。こちらの本殿も立派な流造だった。

拝殿の右手に、山辺神社に匹敵する大きさの境内社があり、
本殿の後方、左右には小さな境内社の祠が一つずつある。
この大きな境内社一社と、小さな祠二社の名前を確認できなかったが、
『神国島根』には境内社として、
(1)愛宕神社(2)山辺神社(3)琴平神社(4)合併神社とある。
記載の順から見ると、拝殿右の大きな境内社は愛宕神社だろう。
とすると、本殿後方左右の祠は琴平神社と合併神社だろうか。

とりあえず未確認なので、勘で書いておく。

社伝によると、
寛元元年(1243)の創祀。
名古屋城主福屋藤兵衛藤原兼広が、仁知三年(1242)鎌倉の合戦で利を失い
陣中において、鶴岡八幡宮に祈願し、加護を得たので、
石見国へ帰国後、寛元元年四月九日、
舎弟の山辺神社神主の山根左京之進藤原好兼を鎌倉に遣わし、
御分霊を七谷山に勧請したのが当社の創祀。

境内左の山辺神社は、
白雉三年(652)大和国石上神宮より
布都魂大神・布留魂大神の御分霊を勧請した古社。
ということは、本社八幡宮よりも遥かに古くから鎮座していたことになる。
『式内社調査報告』には、式内社・山邊神社の論社(類社)と記されている。
山辺神社の神田には、女人の立ち入りを禁じられているという。

境内右手の愛宕神社と思われる境内社の右に
奥へと続く参道があり、木の鳥居が建っていた。
参拝時には全く気にしていなかった、というより、全く記憶にないのだが。
奥に何かあるのだろうか。あるいは、裏参道なのだろうか。
あるいは、行き止まりで、どこかの神社を遥拝するのだろうか。
いまさらだが、気になる。

当社の神紋は、丸に一久の文字。
創建者である福屋氏の家紋を用いている。

境内社愛宕神社の祭神は、迦具土神伊邪那美神
火産霊神奥都比古神奥都比売神水波能売神御井神稲荷大神を合祀。

琴平神社の祭神は、大物主神
合併神社には、地主神・道祖神・大明神ほか三十二柱の神々が合祀されている。


参道脇の杵市山神社

鳥居扁額

階段上に神門

本社拝殿

拝殿左に山辺神社

右に愛宕神社(?)

山辺神社本殿

本社本殿

愛宕神社本殿

本殿左後方の境内社

本殿右後方の境内社

愛宕神社右に鳥居


最終更新日:2013/10/09
【 八幡宮 和田八幡宮 (旭町和田) 】

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