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 いつくしま
[広島旅行] 広島県廿日市市宮島町1−1

式内社 安藝國佐伯郡 伊都伎嶋神社 名神大
安藝國一宮
旧官幣中社

御祭神
市杵島姫命,田心姫命,湍津姫命

厳島神社公式サイトを開く

広島県の島、宮島にある。
JR宮島口駅・広電宮島口駅から連絡船で10分程度。
参拝は早朝だったが、9時以降の連絡船では、
海中から大鳥居を拝観するコースを進んでくれるようだ。

港から右手(西)へ歩くと、厳島神社へ到着。
水上に浮んだ社殿は回廊で結ばれている。
参拝するには入口で拝観料を払って回廊に入る。

推古天皇も即位元年、当島の住人・佐伯鞍職が
神託によって、宮殿創立の事を奉聞し、
勅許を得て、御笠浜に創建したのが当社のはじまり。
後、平家の信仰を得、安芸国一宮へと発展していった。
平家滅亡の後にも、毛利氏、大友氏など戦国武将の崇敬が絶えなかった。

日本三弁天(江ノ島、竹生島、宮島)の一つ。
ちなみに、五弁天では、天河と金華山が加わる。

海中に両部鳥居の朱の大鳥居がある。
自然木を用いており根元が太い。潮が引けば歩いて行ける。

社殿は水上に立っており、回廊や橋で結ばれている。
入口を入ると、まず客神社がある。祭神は、
天忍穂耳命・天穂日命・活津彦根命・天津彦根命・熊野樟日命。
本社とあわせて、厳島両宮とも呼ばれ、
全ての祭祀は、本社に先駆けて行われる。
伊勢神宮の外宮のような感じか。

客神社を過ぎて、右手に曲がると本社がある。
海中の大鳥居に向かって平舞台があり、中央に一段高い高舞台。
平舞台の先に火焼前が突き出しており先端に燈籠、左右に門客神社がある。

高舞台の奥に祓殿・拝殿・本殿と続いている。
本殿の後方に、なにか建物があるのだが、案内には載っていなかった。

本社本殿の横に大国神社、天神社と並んでいる。
また、能舞台や反橋なども重要文化財となっている。

厳島神社御由緒
一、御祭神
御本社 田心姫命
市杵島姫命
湍津姫命
客社 天忍穂耳命
天穂日命
活津彦根命
天津彦根命
熊野樟日命
一、社殿の創建
 厳島神社は古代、周辺の沿岸島嶼部の住 民が御山を主峯とするこの島の山容に神霊 を感じ、これを畏敬したことに始まる。
 社殿の創建は推古天皇元年(五九三)に 神主佐伯鞍職が官奏し、これを造営したと 伝承されている。その後平良清盛公が久安二 年(一一四六)安芸守となり当神社を篤く 信仰し仁安三年(一一六八)現在の規模に 建替えた。
 以後承元元年(一二〇七)、貞応二年( 一二二三)の二度に亘り火災に遭うがその 都度、国司によって造営せられ、現存の建 物は仁治二年(一二四一)に造営を終えた ものである。
 爾来鎌倉幕府、室町幕府、大内氏、毛利 氏、浅野氏の篤い崇敬と保護のもとに社殿 を維持し、現在は御本殿以下附属する建物 はすべて国宝又は重要文化財に指定されて いる。
一、社格
弘仁二年(八一一)
延長五年(九二七)
明治四年(一八七一)
明治四十四年(一九一一)
昭和二十七年(一九五三)
名神例幣に預る
名神大(延喜式)
国幣中社
官幣中社
宗教法人
一、御幸
後白河法皇建春門院と共に御社 承安四年三月(一一七四)
高倉上皇治承四年(一一八〇)三月及び九月二度に亘り御社参
一、社参
平 清盛公永暦元年(一一六〇)を始めとし、平家一門と共に社参多し
前太政大臣花山院忠雅公 徳大寺実定卿「治承三年(一一七九)」等、公卿の社参多し
足利義満公康応元年(一三八九)
大内義隆公天文十年(一五四一)
毛利元就公永禄十年(一五六七)
豊臣秀吉公文禄元年(一五九二)
一、祭儀
神衣献上式一月一日
桃花祭四月十五日 祭典後舞楽奉奏
桃花祭神能四月十六日より三日間
管弦祭旧暦六月十七日 海上渡御
菊花祭十月十五日 祭典後舞楽奉奏
鎮座祭十二月初申日

−境内案内より−