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式内社 近江國淺井郡 都久夫須麻神社 旧県社 竹生島神社公式サイトを開く 市杵嶋姫命 宇賀神 淺井姫命 |
琵琶湖北部に浮かぶ島、周囲2Kmの竹生島にある。
よって、当社は竹生島神社とも呼ばれている。
竹生島へのアクセスは4通り。いずれも船便を利用する。
琵琶湖東岸の、彦根港から35分、長浜港から30分。
琵琶湖北岸の、飯浦港から40分。
そして琵琶湖西岸の、今津港から40分。
今津に宿泊していたので今津港に車を停めて乗船。
当日は天気の良い休日だったが、二日前の大雨の日は欠航になったとか。
穏やかな湖面に浮かぶ竹生島が、しだいに近づいてくる。
当社は、竹生島の東南にあり、港に到着後、料金を払って参拝。
階段の途中に鳥居があり、鳥居から右へ参道を進むと境内。
鳥居を曲がらず、上に登ると西国三十三ケ所三十番札所の宝厳寺があるが、
宝厳寺の観音堂から重要文化財になっている舟廊下を通っても、
当社社殿へ直接行くことができる。
鳥居から続く参道は、この舟廊下の基礎部分の横を通る道だ。
創祀年代は、社伝によると、雄略天皇三年。
浅井姫命を祀る小祠ができたのが始まり。
神亀元年(724)三月十五日、天照大神の神託により、
都の守護神として市杵嶋姫命が祀られ、
天平三年(731)、聖武天皇の参拝があり、神殿を新築し、
社前に天忍穂耳命・大己貴命を祀ったという。
平安時代には、弁財天が祀られ、竹生島権現・竹生島弁財天とも称した。
『近江国風土記』によると、
夷服岳の多多美比古命が、姪にあたる浅井岳の浅井姫命と高さを競い、
負けた多多美比古命が、浅井姫命の首を落としたところ、
首が湖に落ちて竹生島ができたという。
一説には、首が沈む時に「都布都布」という音をたてたので、
「都布失島」の名となったといい、
一説には、最初に生えたのが竹だったので「竹生島」と称したという。
境内以降は、次のページに分けてみた。