[HOME]  >  [神社記憶]  >  [関西地方]  >
メニューを消去する。ページを印刷するために。 印刷用ページ


雷神社
いかづちじんじゃ
兵庫県豊岡市佐野字稲場542−2  Zenrin Data Com Maps display !!


梅鉢

式内社 但馬國氣多郡 雷神社 名神大
旧村社

御祭神
大雷神
配祀 須佐之男命 菅原道眞

兵庫県豊岡市にある。
豊岡駅の南4Kmほどの佐野に鎮座。
山陰本線の西側、50号線の上佐野から少し北へ入った場所に
参道入口の鳥居が建っている。

参道入口は南向き。
草に覆われた参道の坂道を上ると木の鳥居が建っている。
鳥居から参道を500mほど上ると山の中に広い境内がある。

砂利の境内の中央の参道を進み、
数段の階段を上ると石橋があり、その奥に社殿。
拝殿は入母屋造で、後方の本殿は流造。
参道の案内板によると、県指定文化財の本殿は
五間社切妻造とあるが、流造は切妻造の一種なのだ。

参拝は夏の休日の早朝で、
境内には朝靄が漂って厳かな雰囲気だった、

創祀年代は不祥。

式内社・雷神社に比定されている古社で、
佐野天神、雷天神社とも称された神社。
一般には「天神様」と呼ばれているらしい。

配祀に菅原道真が加わったのは
天神信仰(雷)との習合のためだろう。

仁明天皇承和九年(842)に官社に預かり
貞観十年(868)には従五位上の神位を与えられ
延喜の制では、名神大社に列したほどの大社であったようだ。

古くは雷椒神と称し、㯮椒神社と混同されていたらしい。

当地は城崎郡と気多郡にまたがった地にあり、
明治維新までは、氏子も両郡にまたがって存在していた。
だが、維新後、規則により氏子を分離し、気多郡に須賀神社を分祀。
その後、郡区域の変更などにより、明治二十六年九月五日、
須賀神社を合祀して、古に戻したようだ。

境内には境内社の小祠が一つ。
志良太麻比古命を祀る白玉神社(皇神社)だと思う。

社殿には梅鉢の紋が付けられていた。
天神様なのだ。


社頭

鳥居

参道

参道

境内

境内

石橋と社殿

境内社

拝殿

境内

本殿

社殿

県指定文化財 雷神社本殿
昭和四十三年三月十六日指定
<五間社切妻造 三間社向拝付 桧皮葺>
 神社の創立についてはつまびらかでな いが、延喜式に列する古社であり、大雷神、 須佐之男命菅原道真の三柱をまつっている。
 今の本殿は、明暦二年(一六五六)五味備前守 豊直が大工服部清佐衛門に命じて再建し たものであり、このことは棟札によって 知ることができる。
 妻飾りの細部手法などよく時代の特色 をあらわしており、保存も良好で江戸 時代初期の建造物として貴重なものである。

−参道案内板−



【 雷神社 (豊岡市) 】

ボーダー




関西地方
japanmap
全国 北海道・東北地方 関東地方 甲信越地方 北陸地方 東海地方 関西地方 中国地方 四国地方 九州・沖縄地方
京都府
綾部市
宇治市
乙訓郡 大山崎町
亀岡市
宮津市
京丹後市
京都市 北区
京都市 上京区
京都市 左京区
京都市 中京区
京都市 東山区
京都市 下京区
京都市 南区
京都市 右京区
京都市 伏見区
京都市 西京区
船井郡 京丹波町
南丹市
八幡市
舞鶴市
福知山市
与謝郡 伊根町

奈良県
磯城郡 三宅町
磯城郡 川西町
磯城郡 田原本町
宇陀郡 御杖村
宇陀郡 曽爾村
宇陀市
橿原市
吉野郡 下市町
吉野郡 吉野町
吉野郡 十津川村
吉野郡 川上村
吉野郡 東吉野村
御所市
高市郡 高取町
高市郡 明日香村
桜井市
山辺郡 山添村
生駒郡 三郷町
生駒郡 斑鳩町
大和郡山市
天理市
奈良市
北葛城郡 河合町

大阪府
堺市 西区
三島郡 島本町
四條畷市
大阪市 天王寺区
大阪市 阿倍野区
大阪市 住吉区
大阪市 中央区
東大阪市

兵庫県
佐用郡 佐用町
宍粟市
洲本市
神戸市 長田区
神戸市 垂水区
神戸市 中央区
西宮市
赤穂郡 上郡町
赤穂市
淡路市
朝来市
南あわじ市
美方郡 香美町
美方郡 新温泉町
姫路市
豊岡市
養父市

滋賀県
蒲生郡 日野町
近江八幡市
栗東市
犬上郡 多賀町
湖南市
甲賀市
高島市
守山市
草津市
大津市
長浜市
米原市
野洲市

和歌山県