みかみ
滋賀県野洲市三上838

式内社 近江國野洲郡 御上神社 名神大 月次新嘗
旧官幣中社

天之御影神

滋賀県野洲市にある。
野洲駅の南2Kmほど。
近江富士と呼ばれる円錐形の三上山(432m)の西麓に鎮座。
三上山は高くは無いが、周囲が平坦な地なので、
何処からでも見える神奈備だ。


8号線の側に境内入口と駐車場がある。
境内西側と南側に入口の鳥居。
南側の入口から入ると正面に古びた楼門がある。

楼門をくぐると、拝殿。
拝殿後方に本殿があり、左右に若宮社と三宮社。
三宮社の隣に小さな大神宮社。

簡素な境内だが、神寂びた雰囲気。
それぞれの社殿にも歴史を感じる。
と思ったら、当社には重要文化財が多い。
拝殿・楼門・若宮・三宮・狛犬・相撲人形が重文で、
本殿は国宝らしい。

御祭神・天之御影神が孝霊天皇六年、三上山に降臨され、
その後、御上祝によって三上山を磐境として祀られたという。
つまり、社殿を持たず、神奈備山を祀る
古代の信仰形態が本来の形だったらしいく、
現在地は、当時の遥拝所。

「御上」の社名は、御神であり、
三上山の上に坐す神という意味でもある。

元正天皇養老二年(718)三月十五日、
藤原不比等が勅命を拝し、飛騨工を造営使として
当地に社殿を造営し、三上山(奥宮)に対する里宮とし、
現在の形になった。

当社の祭祀氏族は野洲郡一帯に君臨した安国造。
御上祝もその一族だと言われている。

『中世諸国一宮制の基礎的研究』によると、
近江國三宮として『神祇史大系』に
多賀神社と並んで併記されているらしいが、根拠は不明。

三上山は、俵藤太伝説にも登場する山。
弓矢の名手である俵藤太(藤原秀郷)が瀬田橋の上に横たわる大蛇に、
三上山に巣くうムカデ退治を依頼され、
唾を付けた矢によって、見事、ムカデを退治する話。

拝殿は、もとの本殿を改造したものと伝えられている。

境内社は以下の通り。
本殿左の若宮神社(伊弉諾尊 菅原道眞公 配祀 天石戸別命 天御鉾命 野槌之命)、
本殿右の三宮神社(瓊瓊杵尊)、その隣の大神宮社(天照大神)、
楼門の外には、御鍵取神社(天津彦根命 猿田彦命)と愛宕神社(火産靈神)。
他に竃殿神社(火産靈神)があるが確認を忘れた。

神紋は違い釘抜。
野洲の古代豪族三上氏(御上氏)の家紋。


由緒
三上山と妙光寺山の山麓に鎮座。
御祭神 天文御影命を御上神社より勧請。
御上神社の外八社の一社。
古来より秋季祭礼には古習神事を伝え、鑚火にて蒸しあげた独特の形式の御供を氏人が早朝から調整し、奉献する。
三上山を映す野洲八景の御池を前にする景勝の地に臨山。

−『平成祭データ』−