たつた
奈良県生駒郡三郷町立野南1−29−1

式内社 大和國平群郡 龍田坐天御柱國御柱神社二座 並名神大 月次新嘗
旧官幣大社

天御柱命,国御柱命
級長津彦命,級長戸邊命 『神社覈録』

三郷駅から、北へ歩く。少し登ったところにある。
さすがに風格がある。境内も広い。
「祓い守」という黒い御守りを買った。竜が刺繍されてカッコイイ。

拝殿の奥、垣の中に幾つかの摂社・末社がある。
また、本殿左手にも白瀧神社・龍田恵美須神社・三宝稲荷神社。
参道左手の池に、下照神社がある。


 龍田大社
 奈良県生駒郡三郷町立野。旧官幣大社(現、別表神社)。祭神天御柱命・国御柱命を祀り、摂社に龍田比古龍田比売神社がある。『延喜式』祝詞に「龍田風神祭祝詞」があり、これによれば崇神天皇のとき、五穀凶作が続いたので、天皇が悩み、夢にこの神が現われお告げがあったので創祀したとあるが、天武紀四年四月一〇日条に小紫美濃王・小錦下佐伯連広足を遣わして風神を龍田の立野に祀らせた記事がみえる。大宝元年(七〇一)神祇令に孟夏、孟秋に広瀬社の大忌祭とともに祀られる例となり、風水の害なきを祈るものである、これは、『延喜式』によって詳細を知られるが、その四時祭上に供料の細目と、勅使の位階、員数等を明記し、「太政官式」・「式部式」にも記載している。更に臨時祭式にも春日、広瀬等とともに社庫の鑰匙については官庫に納め置き、祭に臨んで祭使が使用にあたることを記している。天武四年以降毎年広瀬とともに四月七月の祭を記載しており、嘉祥三年(八五〇)従五位上を叙せられたのを初めとして、神階昇叙し貞観元年(八五九)従三位となる。同年、大和の水分神山口神二六社とともに風雨を祈るため幣を奉られている。天平二年(七三〇)『大和国正税帳』に「龍田神戸稲肆伯参拾束捌把」、『新抄格勅符抄』に「龍田神三戸」とみえ、文禄四年(一五九四)大和郡山城主増田長盛の「日供米拾弐石」を先規の通りとすること、また慶長七年(一六〇二)片桐且元によって同額を安堵されている。延喜の制、名神大社、月次・新嘗の幣に預かる名社で「龍田坐天御柱国御柱神社二座」とみえる。また、永保元年(一〇八一)二二社の一に選ばれた。現在、農業・航空機・船舶・航海・漁業等、風に関係する者の信仰が篤い。例祭四月四日。前日に本社から○・五キロにある滝津瀬川で梁を張り魚を取る。それを岩瀬の森の川神に神饌を供え奉告の後、荷桶に入れて本社に担ぎ帰り四日奉献の後、もとの河に放魚する。これを滝祭りという。七月四日風鎮祭。

−『神社辞典』−

竜田杜 法隆寺より一里余りにある〔本社は立野にある〕。
 祭神 二座 天御柱神・国御柱神
 天武天皇の四年(六七五)、小紫美濃王・小錦下佐伯連広足が勅を奉じて風神を竜田の立野に祭った。伊弉諾・伊弉冊の二神が吹かれた息気が神となったのが風神で、〔男を〕級長津彦命(しながつひこ)、女を級長戸部(しながとべ)命という。祭る神と異名同神である。伊勢にあっては風宮と称する。
 滝祭神 一座〔伊弉諾・伊弉冊の二神が天逆鉾で下界を探り納めた神霊(水気神:すいきのしん)の御裳濯川辺に坐す滝宮と同じである〕。
(『国花記』による)
 神南(かんなみ)〔あるいは神名備と書く〕竜田の近所にある。三室山も相続く
   〔大和・山城・丹波・備中・摂津、右五所に同名がある〕。
 (古今)滝田川紅葉ばながる神なみの三室の山に時雨降るらし(読人不知)
 亀瀬山 聖徳太子が始めて開いた河内道(亀瀬越)である。
 天武天皇八年(六八○)に始めて竜田山に関を置いた。麓に大和川の源がある。
 浅笹原
 (万葉)神なみの浅ささ原の女郎花思ひやる君が声のしらけく(読人不知)
 占手山
 (名寄)吹く風に住まゐやすらん神なみのうらての山の峯の紅葉ば 恵慶
 竜田川 明神より四、五町にある。三室山〔同じく岸〕
 (金葉)竜田川しがらみかけて神なみの三室の山の紅葉をぞ見る 俊頼
(以上五項『国花記』による)

−『和漢三才図会』−