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式内社 大和國城下郡 鏡作坐天照御魂神社 大 月次新嘗 旧県社 天照國照彦天火明命,石凝姥命,天児屋根命 |
田原本町、近鉄橿原線田原本駅の北1Km。
24号線の西側にある。
道路わきに赤い鳥居があり、参道を北へ歩くと、社殿。
拝殿の後ろに、垣に囲まれて、3棟並んだ本殿がある。
創立は崇神天皇六年とみられている。
『大倭神社注進状裏書』によれば、
「社傳ニ云ク、中座ハ天照大神之御魂也、
傳ヘ聞ク崇神天皇ノ六年九月三日、
於是地改鋳日御象之鏡、為天照大神之御魂、
今之内侍所ノ神鏡ナリ、即チ当社ハ其像鏡奉斎、
爾来号此地ヲ日鏡作ト」
天照大神が天岩戸に籠った時、
石凝姥命が、天香具山の銅を取って鏡を鋳て日の像を作ったという。
『和漢三才図会』によると、
江戸時代は、麻気神(天糠戸命)が主祭神だったと思われる。
石凝姥命は、その天糠戸命の御子。
天照大神の御魂(鏡)を神体とし、
その作者(鏡作)の祖神を祀ると考えるということか。
現在の主祭神は天照國照彦天火明命。
先代旧事本紀に、天照国照彦天火明櫛玉饒速日尊とあり、
瓊々杵尊以前に降臨した、饒速日尊とも考えられる神。
神紋は、『神社名鑑』には、「鏡型、七九の桐と巴」とあるが、
「鏡型」は確認できず。桐も、「七九」ではなく「五七」だった。
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鏡作坐天照御魂神社(鏡作神社) 祭神 天照国照彦火明命・石凝姥命・天糠戸命 由緒 「倭名抄」鏡作郷の地に鎮座する式 内の古社である。 第十代崇神天皇のころ、三種の神器 の一なる八咫鏡を皇居の内にお祀りす ることは畏れ多いとして、まず倭の笠 縫邑におし祀り(伊勢神宮の起源)、 更に別の鏡をおつくりになった。社伝 によると、「崇神天皇六年九月三日、 この地において日御像の鏡を鋳造し、 天照大神の御魂となす。今の内侍所の 神鏡是なり。本社は其の(試鋳せられ た)像鏡を天照国照彦火明命として祀 れるもので、この地を号して鏡作と言 ふ。」とあり、ご祭神は鏡作三所大明 神として称えられていた。 古代から江戸時代にかけて、このあ たりは鏡作師が住み、鏡池で身をきよ め鏡作りに励んだといい、鏡の神様と しては全国で最も由緒の深い神社であ る。 −境内由緒より− 鏡作社(鏡作坐天照御魂神社)八尾村にある。祭神 二座 鏡作麻気神〔天糠戸命(あめのぬかどのみこと)である〕 石凝姥命 〔御子である〕(現在は天照国照彦火明命を併せて三座) 天照大神が磐戸に籠った時、天香具山の銅を取って鏡を鋳て日の像を作った神を石凝姥という。 鏡池 神鏡を鋳て水を注いだ所である〔本は十市郡にあり、のちにここに移した〕。(以上二項『国花記』による −『和漢三才図会』− |