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式内社 近江國滋賀郡 倭神社 倭姫皇后 |
琵琶湖の西岸、大津市滋賀里にある。
JR滋賀里駅の北500mほど道路脇。
境内というより、ちょっとした丘の上にある。
丘に登る数段の階段の両脇には、楠と欅の木が聳え、
なかなかの風格だ。
この丘は、古墳だそうで、
被葬者が祭神・倭姫(天智天皇皇后)と伝承されている。
赤塚と呼ばれる古墳の上にあり、
通称は、赤塚の明神。
古墳の上に、覆屋が一つ。
中には、右に小さな境内社。左に流造りの本殿が鎮座している。
道の辻に古墳があり、その上に神社があるとは、
大津の歴史の深さを感じる光景だ。
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倭神社の由来
倭神社は、大津市滋賀里三丁目字天塚に所在し、
京阪電鉄滋賀里駅の北方約五〇〇mの小丘上に位置する。
祭神は天智天皇の皇后である倭姫と伝えるが、おそらく
この小丘上の本殿の改築の際、朱の痕跡が認められる花崗岩の
板石が五〜六枚発見されたことなどから古墳と考えられ、
その被葬者が倭姫だとする伝承によるものであろう。
江戸時代の記録によると、天正十九年(一五九一)及び
宝永七年(一七一〇)に赤塚大明神として再興されたという。現在、墳頂には南向きの一間社流造りの簡素な本殿が 建ち、本殿へいたる参道の石段付近の東側にクスノキ、 西側にケヤキの巨木がみられ、それらは昭和五一年 (一九七六)十二月一日付けで大津市保護樹木に指定されている。 また、この古墳は「赤塚古墳」と命名され、地籍図等の 復原による東向きの前方後円墳か、もしくは近年の 測量調査による直径三〇〜四〇m、高さ二・五〜 四・〇mを測子円墳と思われ、築造年代は古墳時代 中期の五世紀前半頃と推定されている。 この神社は、通称「赤塚の明神さん」の名で滋賀里 地区全域の住民に親しまれており、御例大祭は九月 二十三日で、宵宮祭には江州音頭による踊りが平成8年まで 催されていましたが、現在は行われていません。 −境内案内板より− |