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津野神社
つのじんじゃ
[滋賀旅行] 滋賀県高島市今津町北仰316−1  Zenrin Data Com Maps display !!


三つ巴


抱合鶴丸


鶴丸

式内社 近江國高嶋郡 津野神社
旧郷社

御祭神
角凝魂神 紀角宿禰命 武内宿禰命 孝元天皇

境内 式内社 近江國高嶋郡 田部神社 田部神社

滋賀県今津町(現高島市)にある。
今津駅の北3Kmの北仰に鎮座。

周囲は田畑で、田の中にモッコリとした黒い森が社域。
田に面して南向きに赤い鳥居が立ち、木立の参道の奥が境内。

境内中央に拝殿があり、その後方に立派な本殿。
本殿の左右に境内社の稲荷社と厳島社。
境内左手に、東向きの境内社があり、向って左から天満宮と田部神社。

田植え直後の水田に写った黒い森と朱の鳥居のコントラストが美しい。
青い空と、流れる白い雲も美しい。
とにかく、全部美しい。そんなお宮。

創祀年代は不詳。

社伝によると、
景行天皇が志賀の高穴穂宮に坐す時、
志賀の仰木に居た武内宿禰に、西淡海(琵琶湖の西)の屯田を賜はり
武内宿禰の子・紀角宿禰に治めさせたという。

一説には、武内宿禰が敦賀に向ふ途中、
当地で病になったが、天地神祇に祈り、病を払った。
そこで、武内宿禰の子紀角宿禰を周防国都乃郡より呼び寄せ、
この地を治めさせたともいう。

よって、当地は、角郷と呼び、
以来、その裔である角氏の治める土地となった。

当地で死んだ紀角宿禰の遺骸を角山に葬られているという。
紀角宿禰の六世孫である角臣来子宿禰が祀ったのが
当社の起源であるという。
異説もあるようだが、要するに土地を支配した豪族角氏ゆかりの神社で、
角氏により、角氏の祖が祀られたもの。


境内の左手に、天満宮と共に祀られている田部神社は、
以前は、当地の西1Kmの位置の田上森(現在御旅所)
鎮座していた、式内・田部神社の論社。
応仁の乱により焼失し、津野神社境内に遷されたという。
石神とされ、大将軍とも称している。
祭神は、大国主神。あるいは大荒田別命。あるいは饒速日命

本殿の屋根には、三巴の紋と、2種類の鶴の紋が付けられていた。
一つの鶴は、右向きの鶴丸紋。
もう一つは、二羽の鶴が向き合って植物を咥えている形。

『滋賀県神社誌』には「三つ巴」とあるので
三つ巴紋が主紋なのだろう。
で、どうして鶴紋なのか、資料には見当たらないが、
角氏に関連するものだろうと思う。
敦賀の古名は、角鹿と書くが、角が「ツル」と発音されたのかもしれないし、
武内宿禰の長寿に由来して鶴を用いているのかもしれない。
同じく武内宿禰を祀る因幡一宮の宇倍神社では、亀を神紋としている。


社域

鳥居

参道

社号標

境内と拝殿

境内社 天満宮・田部神社

本殿

稲荷社

厳島社

津野神社 旧郷社
一、社格と所在
当社は今津町大字北仰字須美森に 鎮座せる延喜式神名帳(九〇八) 記載の国幣神社にして、旧川上庄 二十二ヶ村の氏神なり。往古角氏 領有の角郷総社にて、のちに分地 され、都農川上の二郷となり、更 に治暦年間(一〇六五)善積郷を 加えて三郷を川上郷平等院の庄園 となせしより現今当社を川上庄の 総社と云ふ。明治四年、旧川越県 の時郷社となり。犬上県となりて 村社に変更。明治十四年上格出願 により再び郷社に加列せらる。
一、祭神
始め紀角宿祢命を奉斉せしが斉衡 年中(八五四)その父武内宿祢を 配祀して、旧角大明神と称す。
その後紀角氏の遠御祖第八代孝元天皇を配祀し、三神を相殿とす。
神社名鑑(一九七八)に所載す。
一、例祭 四月十八日
当社の例祭起源は、古く神功皇后 三韓征討の故事に始まり、紀兜を 着用し競馬を営むと伝ふ。毎年四 月上の申日を祭礼とせしが、逐次 変遷し、大正二年の氏子紛争以来 日置津野両社二日の祭礼を一日と し、現行の隔年神輿一基の渡御式 を行ふこととなせり。
一、社伝由緒
景行天皇志賀の高穴穂宮に坐す時 志賀の仰木に在りし武内大臣、西 淡海の屯田を賜はり其子紀角宿祢 に所管せしめ、この地を角郷と云 ふ。宿祢この地に死し遺骸を角山 に葬る。一説に武内大臣命を奉じ て越国角鹿に向ふ途中病を得しが 天地神祇に祈りてこれを拂へり。 その子角宿祢を周防国都乃郡より 呼び、この地を所管せしむ。その 途次志賀の仰木より従者となりて 来る者、この地を北仰木と云へり 因りて今にその名ありと。
角宿祢の孫田鳥宿祢また周防国の 国造たりしが、その曾孫角臣子高 見、族小鹿火宿祢と共に此の地に 神殿を創建す。これ当社の始なり。 神殿は元亀三年八月織田信純に焼 かれ、神主は神体を奉じて宮谷に 迯る。この時総ての宝物記録を焼 失す。元禄十一年(一六九八)こ の地が堅田藩領となり堀田摂津守 の崇敬を得て、毎年献供を受く。
社殿は宝永元年(一七〇四)と嘉 永六年(一八五三)の再建なり。 拝殿は元禄二年と文政七年(一八 二四)の再建なり。
一、境内社四社あり
厳島社。祭神 市杵嶋姫命  田心比賣命を相殿。竹生島より神霊を 遷し祀りて辨財天と称し北仰一村 の産土神なり。年記不詳。天正年 間(一五七三)とも云ふ。享和三 年(一八〇三)再建す。
田部神社。祭神。大国主大神。 年記不詳。石神なり。田の神と称 し大将軍とも称す。應仁乱後平ヶ 崎田上森より遷座す。
稲荷社。祭神 倉稲魂命大田命  大宮姫命の相殿。年記不詳。正徳 年間(一七一一)彦根藩家臣宅よ り遷座せりとも云ふ。
北野社。祭神。菅原道真公。 神主荻野正恵寛永年中勧請す。

−境内案内−



最終更新日:2013/10/09
【 津野神社 (今津町北仰) 】

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