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式内社 大和國添上郡 穴吹神社 旧村社 天太玉命(伊栗大神),高皇産靈神(穴栗大神),青和幣,白和幣 |
畑の中の、こんもりと杜(もり)がある。境内は広くない。落ち着いた雰囲気。
参道に万葉歌碑がある。本殿は四棟並んでいる。渋い色調。
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穴栗神社(伊久理の杜:いくりのもり) 奈良市横井一丁目六七七番地
御祭神 伊栗(いぐり)社 (太玉命:ふとだまのみこと)穴栗(あなぐり)社 (高御産霊尊:たかみぬすびのみこと) 青榊(あおさかき)社 (青和幣:あおにぎて) 辛榊(からさかき)社 (白和幣:しろにぎて) この神社の鎮座する地は、古く「日本書紀」景行天皇(第十二代)の条に、「春日穴咋邑」と出ているところです。神社の名を穴吹・穴次と書くものもありますが、春日大社の記録によると、平安時代に、この地から穴栗・井栗の神が春日大社に勧請(分霊)されたと書かれています。境内にある元禄四(一六九一)年建立の社号標石にも「穴栗四社大明神』とあり、穴栗は古くからの呼び名です。 現在、穴栗神社は、横井東町の氏子がお祀りしています。 「萬葉集」に 妹が家に 伊久里の杜の 藤の花 今来む春も 常かくし見む −高安 王−(巻一七−三九五二)
と詠まれている「伊久里の杜』は、井栗の神を祀っていた、この地です。歌は、天平十八(七四六)年八月七日に、越中守大伴家持の館での宴の場で、玄勝というお坊さんが伝誦したものです。作者の高安 王(大原高安)は、天武天皇の皇子長親王の孫にあたり、奈良の都の人です。 「恋しい人の家に通っていく伊久里の杜に咲く藤の花よ、まためぐってくる春にも、いつもこのように眺めていたいものだ」と詠んでいる作者は、藤の花の咲くころ、このあたりを通って、恋しい人のもとを訪ねたのでしょう。 境内の萬葉歌碑は、平成十年五月に、平城萬葉教室と横井東町自治会の協力によって建立されました。 「伊久里の杜」萬葉歌碑建立実行委員会
−境内案内− |