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竈山神社
かまやまじんじゃ
[和歌山旅行] 和歌山県和歌山市和田438  Zenrin Data Com Maps display !!


尾流れ三つ巴


子持ち三柏

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式内社 紀伊國名草郡 竈山神社
旧官幣大社

御祭神
彦五瀬命

関連式内社 紀伊國名草郡 静火神社 名神大 境外摂社静火神社

和歌山電鐵貴志川線竃山駅から南へ500mほど。
こんもりとした小山があるが、そこが祭神彦五瀬命御墓。
古事記にも、紀伊竃山にあると記されている。
その南に竃山神社はある。


彦五瀬御墓

南の鳥居から参道が続き、神門をくぐると砂利を敷き詰めた境内。
拝殿後ろの高い場所に本殿があるが、木々のため、完全には見えない。

彦五瀬命は、神武天皇の長兄である。
『古事記伝』では厳稲(いつしね)の意味とされている。
神武天皇は高千穂宮において、兄の五瀬命と相談し、
「何れの地に坐さば、平らけく天の下の政を聞し看さむ。」
「猶東に行かむと思ふ」

ということで、東遷を開始する。

順調だった東遷だが、難波の白肩津で、登美能那賀須泥毘古に敗れ、
五瀬命は手に痛矢串(矢)が当って傷を負う。
「吾は日の神の御子として、日に向ひて戦ふこと良からず。
かれ、賤しき奴が痛手を負いぬ。
今より行き廻りて背に日を負ひて撃たむ。」

五瀬命は、そう言って、南下を開始するが、結局死んでしまう。

神紋は、「三つ巴」であるが、むやみに使うものでは無いと判断し、
「子持ち三つ柏」を設定したということだ。
通常この形は、「実付き」と表現されるが、ここでは「子持ち」。


鳥居

参道

神門

境内

本殿

拝殿

青葉神社

境内社三社

 旧官幣大社。祭神は彦五瀬命。釜山神社とも 記す。北接して彦五瀬命墓(竃山墓)がある。記 紀に、神武天皇東征の際戦死した天皇の兄五瀬 命の墓が紀伊国の竃山にあると記されるが、 「続風土記」は和田村「竃山墓」の項に当所がそ の竃山で、直ちに社を建てて斎祭したので竃山 墓と竃山神社は一所であると記す。
 「延喜式」神名帳にみえる名草郡「竃山神社」に 比定され、「紀伊国神名帳」には「従四位上竃山 神」とある。永徳元年(一三八一)七月二五日の釜 山神社神主職宛行状(日前宮文書)によると、紀国 造家によって鵜飼新五郎が神主に補せられてい る。中世を通じて鵜飼家が神職を世襲していた らしく、天正一四年(一五八六)五月鵜飼吉政 神宝等覚(鵜飼家文書)に「彦五瀬命に奉仕和太御 庄鵜飼祖贄持之子神より、鵜養半太夫迄、弘治 年間に当りて七十九代相続き、以来歴数ふるこ と二千弐百余年なり」と記され、また天正一三 年三月、羽柴秀吉の紀州攻めによって神宝や古 文書などが焼失し、神田八町八段が没収された とする。社伝によると慶長五年(一六〇〇)浅野 幸長が入国して小祠を再建し、寛文九年(一六六 九)徳川頼宣によって社殿が再建されたという。 しかし以後も寺社奉行直支配の神社であり、一 戸の氏子も一石の社領もなく社運の衰微は著し かったと伝える。現在の例祭は一〇月一三日。

−『大和・紀伊 寺院神社大事典』−



最終更新日:2013/10/09
【 竈山神社 】

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